エンジニアから将棋棋士

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一度は夢破れた男の、棋界を変えた挑戦

聞き手・北野新太(朝日新聞記者)

 もうひとつの人生を生きて、大学で学んでサラリーマンとして働いたことで、僕は気付いたんです。小さな頃から純粋に好きだったことを仕事にできることが幸福なんだと。

 将棋の棋士くらい「一身二生」から縁遠い職業もないだろう。物心つく頃から盤駒に触れ、青春を盤上に捧げていく。難関を乗り越え、早ければ10代でプロになる者は、長ければ70代まで現役生活を送る。勝負の舞台を去った後も引退棋士として生涯を全うする。人生の方向転換もセカンドライフもほぼ存在しない。

 55歳の瀬川晶司六段は異例の存在である。26歳の時、棋士養成機関「奨励会」を年齢制限で強制退会となったが、アマチュアとして再起した。会社員時代に特例で受験した編入試験に合格し、35歳で棋士になった。

瀬川晶司さん Ⓒ文藝春秋

 小学5年の時、クラスで将棋ブームが起きて夢中になりました。棋士になるような子は低学年で本格的に取り組むのが普通なので、スタートとしては遅いですね。

 僕は勉強も運動も苦手で、得意なこともないオール3のような子供でした。でも将棋は本当に好きで、クラスでも目立てるくらい強かった。初めての自信になったのか、6年生ではオール5、言い過ぎました……オール4くらいまで全体の成績が上がりました。泣き虫で今まで褒められたこともなかった子が「しょったん(愛称)は強いなあ」と言われるようになって嬉しくて。

 全国中学生選抜選手権で優勝して、中学3年で奨励会に入会しました。厳しい世界と分かっていましたけど、根拠も何もなく「きっと棋士になれるだろう」という楽観的な気持ちでした。進学しないつもりでいたら、母から「高校だけは」とお願いされたので仕方なく通って。早い歩みではなく、必死さの足りないのんびりした奨励会員でしたけど、少しずつ昇級昇段を重ねました。

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source : 文藝春秋 2025年12月号

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