作家の橘玲さんが、令和に読み継ぎたい名著3冊を紹介します。
ダーウィンの進化論から1世紀、1953年にワトソンとクリックがDNAの二重らせんを発見し、遺伝の仕組みを解明したことで、生き物の生態をプログラム(アルゴリズム)として記述できるようになった。これが「現代の進化論」で、知の巨大なパラダイム転換を引き起こした。
リチャード・ドーキンスの世界的ベストセラー『利己的な遺伝子』は、この“革命”を一般読者に向けてわかりやすく解説した記念碑的著作。遺伝子の「目的」は自らの複製をできるだけ多く後世に受け渡すことで、ヒトはそのためのヴィークル(乗り物)にすぎないのだ。
ミツバチのような社会性昆虫の解明から始まった進化生物学は、その後、魚類や鳥類、哺乳類、霊長類などの生態へとその領域を拡大していった。人間(サピエンス)が「現代の進化論」の標的になるのは時間の問題だった。
進化心理学では、直立歩行や体毛の喪失のような身体的な特徴と同様に、よろこびやかなしみ、愛や憎悪なども進化の過程でつくられた心のプログラムだと考える。
スティーブン・ピンカーの『人間の本性を考える』は、「肌の色は遺伝しても心(脳)が遺伝することなどあってはならず、知能や性格はすべて環境によって決まる」という「空白の石版」理論を徹底的に批判し、意識や感情も進化の産物として科学的に解明できることを示す。
進化心理学は当初、「科学の名を借りた差別」としてはげしい批判を浴びたが、脳神経科学や分子遺伝学などからも膨大な証拠(エビデンス)が積み上げられたことで、もはや(まともな科学者なら)誰ひとり反論できなくなった。
だがどれほど科学が進歩しても、人間の複雑怪奇な心理を解明しつくすにはまだ長い時間がかかるだろう。ドストエフスキーの『悪霊』に登場する、虚無的なスタヴローギンをはじめとする魅力的な登場人物たちは、心の内のとてつもなく暗い深淵をいまも私たちに突きつけている。
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source : 文藝春秋 2020年1月号