三浦しをん「夜の恩寵」

綿矢 りさ 作家

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エンタメ 読書

「夢」をめぐる五つの物語

 怖い話といえば、押し殺したような声とか、えも言われぬ迫力を込めた声とか、不気味なほど涼やかな声、で語られて、怖くなる直前で、ためたり、演技力がスゴかったりと、色々な技を駆使してお客を怯えさせるものである。

 しかし本書に収められた短編の話し手たちは、淡々とその物語に起きる事実、できごとだけを語る。それなのに、なぜか致命的に不吉な黒い泥のようなものを、突然家の壁にべちゃっと投げつけられたような、びくっとする不快感を、読んでいる側に浴びせる。たんまりとこわい、というか、じっくりと嫌な予感というか……。

三浦しをん『夜の恩寵』(集英社)2145円(税込)

 本書を読んでいると、いままでなぜ“夢”とかいう不思議すぎる現象を毎晩のように体験しながらも、朝普通に起きて平気だったのかが分からなくなった。これは夜見る、みんな見る、そういうもんだから。の言葉で納得してた自分が信じられないくらいだ。明らかに異世界とつながっているひとときなのに。

 ときたま自分の子どもが、前の晩に見た夢が恐ろしすぎて怯えて眠れないときがあり、「夢なんて嘘だし今晩見るとは限らないし、早く寝な」のひと言で済ましてきたけど、考えてみれば自分も幼い頃夢が怖くて眠れなかったし、そっちの方がもしかしたら正常なのかもしれない。

 本書では予知夢やリアルすぎる夢に翻弄される人物が次第に深い夢の森へ迷い込んでいくが、タブーに踏み込んでいる雰囲気すらある。本書を読んでいるときは直接脳をほじくってしまってるような、ぞわぞわした気持ちも味わっていた。そしておそらく何千何万回と夢を見てきたにもかかわらず、予知夢っぽい夢をただの一度も見たことのない自分の凡庸さにがっかりした。一つくらい未来に起きることを先回りしていた夢や、予言めいたことを言う人物の出てくる夢、反対に前世の記憶を感じさせるような夢を見ていてもいいのに、ゾンビに追いかけられる夢ばかり……。バイオハザードのゲームをするのが趣味だからだろうか?

 本書はただおどろおどろしい空気がずっと続くわけでもなく、とても健全な精神の元気な子が主人公になる回もある。しかし彼の視線が健全であるからこそ、彼の家庭ではいやに夢の話をすることが多い、などといった不穏な空気が目立ちやすい。

 予知夢を見る人が家族の中にいる、という主人公にとってはおなじみの日常が、彼が成長することによって“これってもしかして普通じゃないのかな?”と気づく瞬間が、開けてはいけない蓋を開けてしまったような緊迫感がある。

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source : 文藝春秋 2026年10月号

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