“哲学界のロックスター”マルクス・ガブリエルが提唱する「倫理的資本主義」と「渋沢栄一」の意外な関係

第15回 2万8000字ノーカット完全版 中編

マルクス・ガブリエル 哲学者・ボン大学教授
成田 悠輔 経済学者

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経済学者・成田悠輔氏がゲストと「聞かれちゃいけない話」をする対談連載。第15回目のゲストは、マルクス・ガブリエルさんです。(全3回の完全版中編/前編はこちら)

 

■成田悠輔の聞かれちゃいけない話(ダイジェスト版)

第11回 本庶佑 作文上手な人、文科省に挨拶回りする人が予算を取っている

第12回 黒田東彦 いまは金融も財政も引き締める時です

第13回 Ado 私の不登校体験

第14回 水原希子 山口智子さんと瞑想とSNS

第15回 マルクス・ガブリエル 倫理的資本主義が必要だ

第16回 筒井康隆 AIが文学的に駄目な理由

第17回 内田光子 音楽は教育じゃない、体験よ

 

■Markus Gabriel 1980年ドイツ生まれ。哲学者。ボン大学哲学科正教授に史上最年少の29歳で就任。著書に『倫理資本主義の時代』『なぜ世界は存在しないのか』など

グリーン移行は道徳的事実か

 ガブリエル 私が提唱する倫理的資本主義では、「何が倫理的か」を誰が決めるのか。もう一つの例が、化石燃料経済です。化石燃料は、人類に巨大な進歩をもたらしました。以前は悪い行為だと知らなかったのは、喫煙と同じです。みんなタバコを吸っていた時は「タバコってかっこいい」と思っていました。がんになって死ぬまでは。

 ただ化石燃料のおかげで、輸送、グローバルな通信、現代的エネルギーシステム、人間生活の多くが改善され、たくさんの素晴らしいことが起きました。

 しかし私たちは今、このシステムが地球上の人間の生存条件そのものを破壊していることを理解しています。だから、“グリーン移行(green transition)”は単なる政治的志向ではなく、「道徳的事実」なのです。実行方法にはさまざまな選択肢があり得ます。しかし、移行そのものの必要性は道徳的に根拠づけられているのです。

マルクス・ガブリエル氏  ©Kaori Nakabayashi

 その意味で、地球そのものが「倫理的現実」なのです。必然的に現代の倫理学は、哲学だけではなく、社会科学、生物学、その他多くの分野を含むことになります。それらがこうした道徳的事実を特定する。そして企業は、それを実装する方向へイノベーションを起こすべきなのです。

 成田 でも化石燃料にも短期と長期でプラスとマイナスがあり、それらの間で何らかのバランスを取らざるを得ませんよね? そのバランスをどう取るかは道徳的事実というより嗜好でしかないのではないでしょうか?

 ガブリエル いや、私はそうは思いません。ドイツを例に取りましょう。前のドイツ政府は、いわば「グリーン・ニューディール」型の移行政策に本格的に取り組みました。そしてドイツは世界第3位の経済大国になった。日本は第5位です。

 なぜドイツは成功したのか。道徳的事実に基づいた政策を追求したからです。もっと小さな例で言えば、私はメルセデスのEVに乗っていますが、早い段階でグリーン移行を行ったため、このエネルギー危機の最中、いまだに化石燃料に依存している近隣住民よりも、コストははるかに低くなっています。つまり、経済的利益を得たのは誰か。道徳的に正しい決断をした人、あるいは企業や社会だったのです。グリーン移行は単に道徳的に正しいだけではありません。長期的には経済合理性もあるのです。

トレードオフ論の功罪

 ガブリエル もちろん、あなたが言うように、移行期にはトレードオフ(※両立し得ない関係性で、一方をとると他方を失うこと)が重要になります。だからこそ政治というものが存在するのです。

 たとえば、ドイツ前経済相のロベルト・ハーベック――ちなみに彼は哲学を学んだ人物ですが――は、極めて困難な妥協を迫られました。ドイツが原子力発電を段階的に廃止していた時期、ロシアによるウクライナ侵攻が起こり、ロシア産の液化天然ガス(LNG)に依存していたドイツは、別の供給先を見つける必要に迫られました。そこで彼はカタールに赴いたのですが、これは大きな地政学的トレードオフを生みました。中東情勢の影響はもちろん、カタールは外国人労働者や女性の人権問題を抱えている国でもあるからです。

 しかし、ここで重要なのは、トレードオフはあくまで「どうグリーン移行するか」をめぐるものであって、グリーン移行という目標そのものはゆるぎなかった点です。

  同じことはウクライナにも見られます。ロシアが侵攻した際、多くの人々は「抵抗しても無意味なのだから、ウクライナは交渉するか降伏すべきだ」と主張しました。しかしウクライナ人たちは、自衛を選びました。しばしば巨大な犠牲を払いながらです。

  そこから何が生まれたのか。イノベーションです。たとえばドローン技術は、必要性に迫られる中で急速に発展しました。ゼレンスキー大統領は、私たちの誰一人として直面したくないような恐ろしいトレードオフを行わざるを得ませんでした。若い男女が命を落とした。それは悲惨な犠牲です。しかし、目標そのものは依然として「平和」なのです。

 問題なのは、実際には「トレードオフ論」が、何も変えたくない人たちの口実になっている点です。「まだ化石燃料が必要だ」と言う人たちがいます。しかし彼らが本当に意味しているのは、「私たちは変わりたくない」ということなのです。興味深いことに、中国はこの力学を非常によく理解しています。中国もまたトレードオフを行っています。しかし、中国はグリーン移行が長期的目標であることについては全く疑っていません。実際、中国は他の国々より先にその目標へ到達するかもしれません。

ただの好みか道徳的事実か

 成田  しかし、グリーン移行を直ちに実行することがなぜ道徳的に正しいと言えるのか、私にはまだわかりません。それも結局は、ある特定の価値判断に依存しているように思えるからです。

 たしかに、長期的な技術革新や持続可能性は促されるかもしれません。しかし短期的にはエネルギー価格や税負担が上がり、困窮する人々も出る。心身の病や自殺に追い込まれる人々も出てくるかもしれません。貧しい家庭の人ほど特に。今日の弱者を守ることと、未来の世代を守ることの間にトレードオフがありそうです。そこで未来の世代を救おうとするのは一つの嗜好なのではないでしょうか。私個人は好きな嗜好ですが。

成田悠輔氏 ©文藝春秋

 ガブリエル ある一つの意思決定を、それを取り巻くより広い環境から切り離して考えると、まさにあなたが述べたようなジレンマが必然的に生まれます。

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source : 文藝春秋 電子版オリジナル

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