識者の批判をものともせず、政府のコロナ対策をぶった斬る。日本で一番影響力のある会社員、お茶の間のアジテーターの正体とは。気鋭のノンフィクションライターが迫った。
石戸氏
圧倒的視聴率を叩き出す男
現在、日本で1番影響力のある会社員と言っていいだろう。テレビ朝日、朝の看板番組「羽鳥慎一モーニングショー」で連日、舌鋒鋭く安倍晋三政権の新型コロナウイルス対策を批判する玉川徹である。
玉川はテレ朝の記者ではなく、ワイドショーを中心にキャリアを重ねてきた「社員」に過ぎない。そんな一社員が連日コメンテーターを務めるモーニングショーの視聴率は、とにかく絶好調の一言に尽きる。2019年の年間平均視聴率は9.6%、新型コロナウイルス問題を追い風とし、3月20日に記録した12.7%は19年度、同番組の最高視聴率だ。
玉川は最初期から新型コロナの危険性を強調し、PCR検査を希望者に実施せよ、経済的な補償をせよと吠えに吠えた。その姿勢はときに専門家からも「あまりにいい加減だ」と批判されてきたが、ここにきて情勢は変わりつつある。
番組の勢いを象徴するのは、国から名指しされた批判を跳ね返したことだ。3月4日放映回で「医療機関にマスクを優先配布せよ」と訴えた同番組内でのコメントに、厚労省や内閣府はツイッターでここぞとばかりに反論した。
「厚生労働省では、感染症指定医療機関への医療用マスクの優先供給を行った」(同省ツイッターより)
このツイートは瞬く間に広がり、医療関係者や医療ジャーナリストが「国民の不安を煽るメディアには対抗すべきだ」とこぞって支持した。
ところが、この一件は厚労省の「敗北」で終わる。番組は各地の病院に取材し、マスクが届いていない実態を明らかにした。この事実を前に、同省は「行った」は言い過ぎた表現であることを認めた。
スタジオの玉川は意気揚々と「『優先供給を行った』というのは、普通に読めば過去形であり、マスクが届いているんだと受け取るのが当然」と語り、官僚に間違いを認めさせたことを誇った。
玉川のような時に不遜で、リベラル的な態度は、ネット上の反マスコミ感情と結びつき、決して歓迎されないものだ。しかし、彼は「テレ朝のワイドショーとしては、信じられない数字」(現役社員)とまで言わしめる結果を出す。一体なぜ?
番組HPより
私と玉川との間に直接の接点はない。唯一、接点らしい接点は、彼が休暇中、「代役」コメンテーターを務めたことだ。そのとき、ネット上で印象的なコメントを見つけた。右派的な立場を鮮明にするユーザーが、玉川がいないことを嘆き、私のことを「生きた声を聞いている気がしない」と批判していたのだ。
国を向こうに回し、圧倒的な視聴率を叩き出し、アンチも熱望する生きたコメントを発する男――。
玉川徹とは一体何者か。
官僚への不信が出発点
今回、私は玉川にインタビューを申し入れたが、テレ朝側からは多忙を理由に断られた。しかし、テレビ朝日の現役社員、OB、制作現場のスタッフが取材に応じてくれた。その中には通称「チーム玉川」の一員として、彼と長年ワイドショーの現場を作っていた元ディレクターも含まれている。
彼らの証言と玉川の著作から、生粋のワイドショー屋としての玉川の特徴を指摘することは、決して難しいことではない。第1に一貫した反官僚主義、第2に信念と視聴率の折り合い、第3に野党気質である。
玉川は1963年生まれ。宮城県の名門、仙台二高から京都大学に進学。農学部で大学院にまで進み、修士課程を終えて1989年にテレ朝に入社した。最初の配属先が「内田忠男モーニングショー」の芸能班だった。以降、ワイドショーを軸にキャリアを重ねる。
第1の特徴から見ていこう。玉川が一貫してこだわってきたテーマの1つは、官僚による税金の無駄遣いだ。彼を特徴づける「反官僚」の原点は、著作の中に見出せる。繰り返し書いているエピソードがある。
学生時代、民間企業の就職活動をしていた玉川は、ある日、同級生になぜ公務員になるのか尋ねてみた。
「だって、恩給ももらえるし、天下りできるでしょ」「それに若い時だって、民間に威張れるでしょ」
この答えに、彼はなんと利己的な動機なのかと愕然とする。こんな動機で入省する連中が、国の政策を動かしていいのか。個人の小さな経験から、官僚への不信感を募らせた玉川は、やがてテレビの力を使って官僚と闘うことになる。もちろん、最初からできたわけではない。
現役テレ朝社員が述懐する。
「20年くらい前ですかね。玉川さんは自分が担当していた番組で、リポーターもやりたいと言い始めました。当時のワイドショーはリポーターとディレクターが一緒に取材に行き、リポーターがスタジオで報告するシステムが主流でした。彼はディレクターではなく、一人二役で自分のネタを、自分でリポートしたいという思いが強かった」
番組としてはリポーター出演料の削減にもつながるし、玉川にとっては自分で決めたネタを、最後まで視聴者に伝えるという信念を叶えることができる。そこで彼がターゲットを定めたのが官僚だ。時は1990年代〜2000年代前半、官僚の大きな不祥事が立て続けに起きた。
大蔵省解体につながる98年の大蔵官僚“ノーパンしゃぶしゃぶ”接待汚職事件がその最たるものだろう。国民も、官僚たちは本当に税金を国のために使っているのか、と疑念を深めた時代であり、自民党も政権交代を目指した野党・民主党も脱官僚を競い合った。大きな流れに玉川も乗っていた。
公務員宿舎前での直撃レポート
当時民主党のホープだった枝野幸男(現立憲民主党代表)らと歩調を合わせ、ワイドショーで官僚の利権を追及した。タッグを組んだ枝野が「霞が関」に建設予定の新庁舎地下にプールを作る計画を批判し、官僚を論破するシーンは「ワイド!スクランブル」で6%を超える視聴率を記録した。硬派ネタとしては十分すぎる結果に周囲は驚いた。やがて、彼は最大の成果を手にいれる。
当時を知る制作スタッフの証言。
「玉川さんの最大の業績は公務員宿舎の見直しでしょう。最初、玉川さんが会議で『問題だ』と言っても、真価がわからなかった。下調べの取材で官僚から『都心にある理由は危機管理』と言われたら納得してしまう」
彼の名を一躍有名にした、「スーパーモーニング」の名物コーナー「納得できない!」よろしく、玉川だけはこれに納得しなかった。スタッフに「危機管理はわかる」と認めつつ、「霞が関まで歩いていけるところにあるならわかる。なんで青山みたいな高級住宅街に作って、家賃7万円なんだ。霞が関まで遠い。あんなものは民間に売ってしまえばいいんだ」と熱弁をふるった。
番組で「南青山住宅」をターゲットに取材を重ねる。そこで生まれたのが、テレ朝スタッフの間で今も「伝説のショット」と語り継がれる名場面だ。
2003年、リポーター役の玉川が、公務員宿舎の前で出てくる官僚に片っ端から声をかけて回った。その中に、声をかける前から全速力で走って取材を振り切った官僚がいた。玉川は「7万円ぐらいで住んでいるのはどういう気持ちですか?」などと問いかけながら、全力で追いかける。その姿をカメラマンも走りながら撮る。何も答えないが、官僚にもどこか後ろめたいものがあるのだろうと思わせる画が撮れた。時に、映像は言葉以上に雄弁である。
玉川は著書の中で、官僚を「ウイルス」に喩える。ウイルス最大の弱点である「無駄遣い」を検証し、視聴者に投げかける――玉川の基本的なスタンスと闘い方は約20年前には完成している。一連の官僚批判は反響を呼び、玉川は一つのポジションを確立する。
傍流目線でニュースを料理
第2の特徴は「信念と視聴率の折り合い」だった。豪放磊落なように見えて、玉川は周囲への見え方を気にしている。より正確に言えば、自分がやりたいことをやるために必要なのは、「社員として数字を取ること」しかないことを自覚している。
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source : 文藝春秋 2020年6月号