習近平の「台湾併合」極秘シナリオ

峯村 健司 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員
ニュース 国際 中国
習近平は現在67歳。国家主席の任期は撤廃したものの、年齢を考えると3期目が終わる2028年には引退する可能性が高い。習近平は「宿命」だと思っている。自らの手で台湾を統一することを――。そして日本は確実に巻き込まれる。

一国二制度に「死刑判決」

「2020年6月30日、香港が事実上、中国化された」―将来、世界史の教科書にはこう記されるかもしれない。

 この日、国家主席の習近平は、「香港国家安全維持法」を公布した。これにより、中国政府が、香港で国家の分裂や外国勢力と結託したと判断した人物に法執行できるようになった。香港の法律より優先されることも明記されたことで、デモ参加者や民主活動家らが中国の基準で裁かれ、SNSや報道も、中国並みに締め付けられることが決定的となった。香港を巡り何が起きているのか。

 昨年9月21日、筆者は香港西北部・屯門(とんもん)を訪れていた。これまで北京とワシントンで9年間の特派員生活を送り、数多くのデモや軍関連施設などに足を運んできたが、このときの香港デモは最も危険な現場の1つだった。

 屯門の公園に集まった数千人のデモ隊は、市中心部にある屯門駅に向かって行進を続けていた。ほとんどが10代から20代前半の若者だ。

 駅に近づくと、装甲車と銃を構えた数百人の警官が現れた。参加者は歩みを止め、道路の両端に身を寄せる。人だかりの真ん中に通路ができると、鉄パイプを手にした全身黒ずくめの集団が駆け抜け、駅構内の施設を壊し始めた。「勇武派」と呼ばれる、破壊行為も辞さない若者たちだ。

 駅前で見張りをしていた男子学生(16)に勇武派になった動機を尋ねた。

「破壊行為により、国際社会の関心を集めて、香港政府やそのバックの中国政府に圧力をかけてくれることに望みをかけるしかないからだ」

 この学生の話に耳を傾けていると、突如、強い光が目に刺さった。警察官がデモ隊の捜索や妨害に使うレーザーポインターだ。筆者はかすんだ視界の中を、全力で逃げた。警察官が叫びながら背後に迫る。ショッピングモールの前を通りかかると、「救護隊」と書かれた黄色のベストを着けた女性が手招きしながら非常口を開けてくれた。デモ隊の負傷者を治療するボランティアだ。

「もう大丈夫ですよ」。女性が手渡してくれたタオルで目を冷やす。ようやく視界が戻り、周りを見渡すと、応急処置を受ける十数人の若者が横たわっていた。

 この10日後の10月1日には、高校2年生の男子生徒が実弾を撃たれて重体となる事件も発生した。勇武派の若者は、何を求めて命懸けで戦っているのか。彼らが口を揃えたのが、「『一国二制度』を守るため」だ。

 アヘン戦争後、イギリスの植民地となった香港は、1997年に中国に返還された。返還から50年間は、資本主義制度など、中国本土とは異なる制度を維持する一国二制度が約束され、外交と国防を除く「高度な自治」が認められていた。

 ところが昨年来、中国共産党は一国二制度をないがしろにする動きを強めている。昨年4月、香港で捕まった容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」改正案がきっかけとなり、大規模なデモへと発展した。香港の人々には、2047年まで保障されたはずの一国二制度の期限が前倒しされかねないことへの危機感がある。「中国人にはなりたくない」という香港人の生存に関わる闘いだからこそ、1年以上にわたり激しい攻防が続いているのだ。

 冒頭の香港国家安全維持法が公布される1カ月前の5月28日、香港の運命は決まったと言っていい。この日に開かれた全国人民代表大会(全人代)では、「国家安全法制」を採択した。同法によって、香港国家安全維持法がつくられたのだ。

 これによって、中国政府は、一国二制度に「死刑判決」を下した、と言っていいだろう。

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今日の香港、明日の台湾

 国家安全法制が採択される6日前、もう1つの「一国二制度」に注目が集まっていた。5月22日の全人代開幕式における政治活動報告で、首相の李克強がこう語ったのだ。

「我々は『台湾独立』を目論む行動には断固として反対し、分裂を食い止めなければならない。統一を促進して、必ずや民族復興の明るい未来を切り開くことができる」

 李は、過去6回の政治活動報告で、台湾との「平和統一」もしくは「平和発展」という言葉を使ってきた。今回初めて「平和」という単語を使わなかったことで、「軍事的解決に舵を切ったのではないか」と臆測を呼んだのだ。

 一方の台湾では、香港デモが激しさを増す中で、「今日の香港、明日の台湾」というフレーズが急速に広まっていた。1国2制度は元々、鄧小平が80年代に台湾統一のために考え出した構想で、後に香港に適用されたものだ。一国二制度を受け入れたら、香港のように自由を奪われてしまう――台湾の人々が危機感を抱くのは当然だった。

 今年1月の総統選では、民進党の蔡英文が史上最多得票数で再選を果たした。野党・国民党の対抗馬、韓国瑜に「中国寄り」との疑念が拭えなかったのに対し、一国二制度の受け入れを断固拒否した蔡英文の対中強硬政策が支持された形だ。

②対中強硬派の蔡英文
 
対中強硬派の蔡英文

 こうした台湾の強硬姿勢もあり、いま、中国軍内では武力統一を求める声が急速に高まっている。

 筆者は昨年、中国国防大学教授で上級大佐の劉明福にインタビューを行った。劉は習近平の政治スローガン「中国の夢」の理論的支柱で、長年教壇に立って軍高官らを指導してきた人物だ。習政権の政策決定に劉が深く関わっているのは間違いない。

 まず、「中国の夢」にこめた戦略は何かと尋ねた。

「戦略は3つあります。1つ目が『興国の夢』。建国100周年の2049年までに経済や科学技術などの総合国力で米国を超え、中華民族の偉大な復興を成し遂げる。2つ目が『強軍の夢』。世界最強の米軍を上回る一流の軍隊をつくる。そして最後が、『統一の夢』。国家統一の完成です。中でも台湾問題の解決が、『中国の夢』の重要な戦略目標となります。まずは平和的な統一を試みるが、それを拒むならば軍事行動も辞さない」

 劉は武力統一の可能性を強調した上で、時期についても言及した。

「習主席は『在任中』に台湾問題に積極的に取り組み、国家統一を実現すると確信しています」

1_在任中に統一を目指す習近平
 
在任中に統一を目指す習近平

習近平の「宿命」

 習は、2018年3月に「2期10年」だった国家主席の任期を撤廃している。ただ、現在67歳という習の年齢を考えると、3期目が終わる2028年には引退する可能性が高い。それまでには台湾統一を実現するということになる。

 台湾統一は「中華民族の悲願」とされるが、習個人にとっても、在任中に統一を果たさなければならない事情がある。中国政府高官経験者を親族に持つ党関係者が語る。

「国家主席の任期撤廃には、党内の反発が非常に強かった。習氏はこれを押し切るため、『統一のためには2期10年では足りない』と説得しました。習氏は約束した以上、3期目が終わるまでには、何が何でも統一を実現しなければならないのです」

 複数の党幹部らは習について、「党内随一の台湾専門家だ」と口を揃える。習は国家主席に就任するまでの計17年間、台湾の対岸に位置する福建省で勤務をしてきた。この間、台湾の企業家や政治家らと交流し、情報収集や情勢分析に携わっている。習自身も台湾要人と会談した際、「福建時代、ほぼ毎日、台湾に関わり、福建を離れた後も台湾情勢に関心を寄せてきた」と振り返った。「習主席が台湾統一をできなければ永遠に実現できない」と語る中国軍幹部もいるほどだ。

 ならば、もし統一を実現できなかったら習はどうなるのか。この質問を2人の共産党関係者にぶつけると、共に同じ文言を使って即答した。

「ただの白痴だ」

 習は共産党や軍内から、大きな期待を集めると同時に、強いプレッシャーも受けているのだ。失敗が許されない、いわば宿命を背負っていると言った方がいいかもしれない。

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臨戦態勢に入った東アジア

 いま、台湾周辺を巡る軍事的緊張はかつてないほどに高まっている。2020年4月、空母「遼寧」を含む6隻の中国艦艇が台湾東部と南部で軍事演習を実施した。

 これに対抗するように、米軍も台湾周辺での活動を強めている。6月中旬には、台湾東部のフィリピン海に空母「ロナルド・レーガン」を展開させたほか、「セオドア・ルーズベルト」と「ニミッツ」も合同演習を実施。この地域で空母が同時に3隻展開されるのは、朝鮮半島情勢が緊迫した17年11月以来のことだ。

 日本も無縁ではない。6月18日には、国籍不明の潜水艦が奄美大島沖の接続水域内を潜ったまま西進。防衛大臣の河野太郎は会見で「中国のものだと推定している」と明かした。自衛隊の探知能力に関わるため、潜水艦の国籍を公表するのは異例のこと。最近の中国海軍の動きについて自衛隊関係者は「前例がないほど活発になっている」と警戒する。台湾を巡る東アジア情勢は、すでに臨戦態勢に入ったと言っていい。

「Xデー」が刻一刻と迫る中、はたしてどんな作戦で台湾に侵攻するのか――実は、これについて中国は1990年代から詳細な「シナリオ」を作っている。中国軍の内部資料には、その戦略が克明に記されており、習が国家主席に就任してからも、国際情勢に応じてアップデートが繰り返されてきた。

 今回は、複数の内部資料に加え、筆者が参加した米国や日本政府、研究機関などが主催した「ウォーゲーム(作戦演習)」で得た知見を元に、そのシナリオを再現したい。

 内部資料には、実行に移される時期は明記されていないが、筆者は上陸作戦が行われるのは10月と見ている。毎年この時期は台風が少なく、台湾海峡の波も穏やかで、上陸作戦をはじめとした軍事行動を起こすには最適だからだ。逆算すると、習近平はその5カ月前から動き出す。

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source : 文藝春秋 2020年8月号

genre : ニュース 国際 中国