人間は物語をつくり、そのなかで生きている。たとえば「もてたい」と思っただけで、その人の頭のなかで幾多の物語が立ち上がる。儲け話や人気者になる物語もあれば、気にくわない人にぎゃふんと言わせる物語もあるだろう。悲しみに寄り添う物語、ピンチを克服し一発逆転に成功する物語もある。
私たちは生きている限り予想外の事象と出会う。のっぴきならない状況に陥ることもある。そのたびに自分が出演する物語が頭のなかで更新される。
職場でも家庭でも、やるべき事があって人が集まればそこに分担が生まれる。物語を共有し、役割を演じるのだ。
たとえば葬式。
お金の管理や時間の調整、食事や生活の世話など、さまざまな分担が必要とされる。会計や法律に詳しい人、外部との折衝ができる人たちが各々の能力を発揮する。葬儀が終わっても役所の手続きや相続、返礼など慣れない仕事が続く。
2週間前、母が亡くなった。
父のもとに集まった兄と姉と私は、早速役割を見つけて動き出した。父は無宗教の家族葬を希望した。全員が賛成したが、細かな部分では考え方に違いもあった。納得できず、議論から言い争いになることもあった。家族であっても、思いが完全に一致することはない。
弔問に来て下さった近所の方の話を聞いて、なんてきちんと悲しんで下さるのだろうと思った。そして気がついた。弔いとは、それぞれが心のなかに持っている死生観と結びついた物語なのだ。
もしも家族葬でなく、親類や仕事関係、友人関係など大勢が集まる葬儀だったら、物語のすりあわせは大変なことになっていただろう。地域や家のしきたりや仏教での葬儀は、人々の物語の折り合いをつけ、大多数の納得を得るためにあるのではないだろうか。
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source : 文藝春秋 2020年9月号