三菱UFJフィナンシャル・グループ社長の亀澤宏規氏(58)は東京大学大学院の数学科を修了した後、86年に三菱銀行(当時)に入行。市場部門や融資企画部署を経て、16年からグループのデジタル戦略の中心的な役割を担ってきた。文系・経営企画部出身という従来のトップ像と異なるメガバンク初の理系出身社長として注目されている。
「エンゲージメント」を重視した経営
今年4月、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の社長に就任して私がまずやったのは、若手との意見交換、オンライン面談でした。銀行、信託、証券、ニコス、アコムなどグループ各社の若手を10人集め、1対10で意見交換する。いざやってみると各社のカラーも出るし、色んな意見が聞けるのでいいなと思い、次はその拡大版ということで、銀行、証券、信託合同で1対500のタウンホールミーティングをオンラインで行うことにしました。
応募者多数のため、参加者は抽選で選び、1時間半ほど。私への質問は、「スグキク」というアプリの掲示板に投稿してもらう。掲示板にあがった質問は全員が見ることができます。そして、たくさんの質問の中から自分が「聞きたい」と思うものに対して、「いいね!」ボタンを押してもらい、数が多かった質問から順に答えていくという趣向です。
案の定、「いいね!」がたくさんついた質問は、答えづらいものばかり(笑)。一番「いいね!」が多かった質問は「若い人が辞めたりしてますが、心配じゃないですか?」とド直球だった。それから「AIで仕事はなくなるのか」とか「降格人事があってもいいのではないか」など様々な観点から質問が出て、若手が本音ベースで何を考え、何を不安視しているのかが伝わってきました。
ミーティング後に、参加者に感想を聞いてもらったところ、「出来レースかと思っていたが、結構ガチでよかった」という評価もあったそうですから、まずまず成功だったのではないでしょうか(笑)。今後は私だけでなく、企画担当や人事担当役員など、他の経営陣にも出てきてもらい、同じような「対話」ができればと思っています。
折しもコロナ禍のまっただ中です。現在のようにいろんなことが大きく変わっていく時代には、必ずしも経営者側が正しい答えを持っているとは限りません。若手やお客さんの声を積極的に聞かないとわからない。一方で、必ずしもその声が正しいわけでもないから、マネジメント能力を持つ人間の経験値と若手の持つ柔軟な発想力をつなげて、「自由闊達な対話」が生まれるようにしたい。組織は、一人一人が参加する意識を高めれば、グーンとチーム力が上がっていく。そういった思いもあり、私は「共感」や「参画」を意味する「エンゲージメント」を重視した経営を行いたいと考えています。
亀澤氏
部下100人から1人ぼっちに
前々から若手と話していて感心するのは、彼らは結構しっかりしているということです。銀行や信託、証券の未来について、はっきりとした問題意識をもっています。翻って、私が新人だったころを顧みると、余り考えてなくてちょっとズレていたかもしれませんね(笑)。
私の場合、最初に支店に配属された後、しばらくして新しい業務の立ち上げを数多く担当することになりました。今と違って昔は、若手にもいろいろ任せてもらえましたし、生意気にやってきたと思います。
平成2年に国債の先物オプション市場が始まる時に、銀行でオプション業務を立ち上げたのが最初で、その後、金利の自由化が始まった時にはアセット・ライアビリティ・マネジメント(ALM)業務の立ち上げにも関わりました。銀行が子会社としてエクイティ(株式)業務に参入できるようになった時は、日中は転換社債のトレーディングをやりながら、夕方からは証券出身者の採用をした思い出もあります。当時は山一、日興から次々と人が出てきた時期で、そこから人材を集めたのです。
2000年代の初めには、クレジット・ポートフォリオ・マネジメント(CPM)という枠組みの導入について世界で議論され始めました。銀行にはバランスシートにのっている三大リスクがあります。それは「金利」と「株」と「クレジット(融資)」。このうち金利と株についてはある程度リスクを把握できるようになっていましたが、貸し出しのリスクだけは、まだ十分に数値化できていませんでした。
当時、私は三菱証券で部長をしていて部下が100人ぐらいいました。しかし、これからは銀行もクレジットをちゃんと管理しなければという思いから、銀行にCPMを立ち上げるためのプロジェクトチーム(PT)を作ってもらい、私をプロジェクトリーダーに指名してもらいました。それで再び銀行に戻ったのですが、当時の人員は私1人だけ。窓もない部屋だけ与えられて、そこにまずは机を入れた。1人で座りながら「どうしようかな……」と考えるところからのスタートでした。40代半ばくらいまでは、私の銀行員人生はこんな感じで、新しいプロジェクトを1人か2人で始めて、それが10人とか100人に増えて軌道に乗ると、次の新しいプロジェクトに移る。そこでまた新しい取り組みをする。この繰り返しなんです。やりたいことをやって楽しかったですが、今の若手からすると「キャリア形成の計画性がない」と笑われそうですね(笑)。
とにかく実践してみる
でも、そうやって新規にプロジェクトを立ち上げているうちに自分でも意識したわけではありませんが、チームにいる一人一人の参加意識を大事にするとうまくいくということがわかってきました。参画や共感を大事にすることで、仕事は楽しくやりがいのあるものになります。私がいま社内に「エンゲージメント」を呼びかけるのも、この時の経験があってのことです。
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source : 文藝春秋 2020年10月号