在日コリアンの4代にわたる壮大な大河小説である『パチンコ』は、2017年にアメリカで発売されるや大きな話題を集め、同国最大の文学賞の一つ、全米図書賞の最終候補作となった。2019年にはオバマ前大統領が毎年発表している“Favorite Books”のリストにも加わっている。米国内での発行部数は100万部を突破、これまでに30以上の言語に翻訳されており、日本でも今年7月末、待望の邦訳が刊行された。
著者であるミン・ジン・リー氏は韓国生まれ。7歳の時にアメリカに渡り、数年間の東京生活を経て、現在はニューヨークで執筆活動をしている。
この作品を読み、大きな衝撃を受けたというのが作家の村田沙耶香氏。芥川賞を受賞した『コンビニ人間』は『パチンコ』同様、100万部を突破、今や世界30ヶ国で翻訳されている。
広く世界で愛され、現代の日米文学を代表する両氏による、海を越えた“ミリオンセラー作家対談”が実現した。
ニューヨーク・ムラタサヤカ・ファンクラブ
村田 Zoom越しではありますが、今日はお会いできて光栄です。
リー こちらこそ、今日を楽しみにしていました。私、『Convenience Store Woman』(『コンビニ人間』の英語タイトル)がとても好きで、初版のハードカバーを持っているんです。私には記者や作家などの村田さんファンの友人がたくさんいて、私がニューヨーク・ムラタサヤカ・ファンクラブ(笑)の会長なんです。
リー氏
Photo by Elena Seibert
村田 ファンクラブ!(笑) そんな風に言っていただけて、とても嬉しいです。数年前、『コンビニ人間』のプロモーションでイギリスに行ったとき、大きな本屋さんに『PACHINKO』がずらーっと並べられているのを見ました。あらすじを聞いてとても読みたくなり、買おうとしたのですが、私は英語が全然読めないので断念したんです……。なので邦訳が出るのを心待ちにしていました。
村田氏
リー それは嬉しい。ありがとうございます。
村田 翻訳で上下2巻、すごく辛いシーンや切ないシーンがたくさんあったのですが、まるで取り憑かれたような感じで一気に読みました。心に残ったところに付箋を貼っていったら、本が付箋だらけになってしまって……。
神様が本を作っている
リー 『コンビニ人間』を書いているとき、村田さんは実際にコンビニで働いていたんですよね。私もいろいろなお店で働いたことがあって、靴とかジュエリーとかお菓子とかを売っていました。あと新聞も。私、物を売るのがうまいんですよ(笑)。
村田さんにとって、接客の仕事をするのと小説を書くのとはどんな違いがありますか?
村田 日本のコンビニはマニュアルがたくさんあるんです。だから、コンビニで働いているときはロボットになったかのような奇妙な快楽がありました。洗脳されている不思議な心地よさというんでしょうか。コンビニに限らず私は日々あちこちから洗脳されて生きている気がしているので、書くことはその洗脳から脱出するような感覚なんです。
リー よくわかります。私は命令されることがあまり好きではないのですが、『コンビニ人間』の主人公恵子は、周りから命令され抑圧されているようで、実は自分のやりたいことをやっている。その心意気がたまらなく好きなんです。人が生きるということは、それだけで何かに抵抗するということなんですよね。
ともに100万部を突破、世界中で愛読される
村田 そういう意志の強さが、恵子という人物の核心にあると思っています。そういう風に読んでもらえてとても嬉しいです。
リー 私は韓国で生まれ7歳でアメリカに渡り、さらに大人になってから4年くらい東京にも住んでいました。東京ではいつも孤独だったんです。誰も理解することができなくて、慣れるまで長い時間が必要でした。そんなとき、家族と一緒にいるよりも、なぜかお店に行ってそこで働く人と一緒にいるほうがくつろげるように感じたんです。村田さんの本は、そういう疎外感や孤独を見事にとらえているように思います。
村田 リーさんの孤独とは違うかもしれませんが、私も子どもの頃ずっと孤独を感じていました。異常なほど内気な、おとなしい子だと言われていて、多分、“普通の子”になりたいと願っていたんです。コンビニでマニュアルに従って働いている時には、全く違う“明るく生き生きとした普通の店員”という自分を演じているような気持ちになっていました。どこまでが本当の自分なのかわからないというような。
リー とてもよくわかります。私は、小説を書いている間は他人になることができて心地いいんです。たくさんの登場人物がいるから誰かと繋がっているような気持ちになれて。『コンビニ人間』は世界中で本当に多くの人に読まれていると思うのですが、自分が小説家になったと初めて実感したのはいつですか?
村田 小さいときから小説を書くのが好きだったのですが、その頃、小説というのは空に上がっていって、神様が選んで本にしているんだと思っていたんです。だから、神様が自分の小説も選んでくれたんじゃないかと思ってよく本屋さんに行って自分の本を探していました。実は、そういう感覚が今も続いているんです。
リー 私もそう思ってますよ。神様が本を作っているんだ、って。作家になれるか不安だったときも、神様が本を作っていると考えると少し気持ちが楽になりました(笑)。
小説家は職業ではない
村田 『パチンコ』は、リーさんが大学生の時に構想が浮かんで、書き上げるまで30年近くかかったそうですね。そんなに長い間、同じ作品に取り組めたエネルギーの源は何だったのでしょう。
リー 私はバカだったんですよ(笑)。よく「どうやったら作家になれますか?」と聞かれるんですが、「私のようにならないこと。もっと近道を探して」と答えています。
本当のところ、自分の世界に入り込んで書くことに没頭できる時間が好きなんだと思います。
村田 私の一番のエネルギーは、「知りたい」という気持ちです。人間としての私はあまり頭が良くないんです。資料を必死に読んでもきちんと理解できなかったり。でも小説を書くことで自分の無意識の世界にアクセスすることができて、いつもの私には想像できなかったことを知ることができるんです。
リー 書いている小説が自分の想像を超えたときが一番幸せですよね。書いたものを読み返して、これ、本当に私が書いたの? と思うこともあります。
村田 よくわかります。小説は昔から書いていたんですか?
リー 初めて作品を発表したのは高校生のとき。でも、私のような移民が作家になれるとは思っていなかった。幸い成功した今でも、作家を職業とは思っていないんです。ただ自分がやらなくてはいけないことだと思っています。
村田 大学の頃、尊敬する方が、「小説家とは職業ではなく、人間の状態のことをいうのではないかと思う」と仰っていたのを今でも覚えています。
リー まさにそうですね。
「私は“failure”なんです」
村田 小説を書くとき、何から始めますか? 私は登場人物の似顔絵を描くのですが、こう言うとたいてい笑われるので……。
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