生理のこと

巻頭随筆

藤野 可織 作家
ニュース 社会 読書

 2017年に、アイオワ大学のインターナショナル・ライティング・プログラムに参加した。世界中から作家を招いておこなわれるレジデンス型のプログラムで、アイオワでの滞在期間は3ヶ月にも及ぶ。その準備をしようとしてはじめに心配になったのが、生理のことだった。3ヶ月滞在するということは、アメリカで3回生理が来るということだ。私は、生理用品は使い捨てのナプキンを常用している。かつて地球にやさしく使い心地もよいという情報を得て布ナプキンを試してみたことがあったが、半年ももたなかった。洗濯があまりにも面倒だったのだ。布ナプキン一式を揃えるにはそれなりの金額を投資したので、使わなくなって何年も経つ布ナプキンはその時点でまだ手元に保管されていたが、まさかアメリカであの面倒な洗濯に時間と神経を費やすなんてありえない。私には、使い捨てナプキンという選択肢しか残されていなかった。

 私は、日本の生理用ナプキンのクオリティはかなり高く、いっぽうアメリカのものはそうでもない、と聞いたことがあった。おそるおそるネットで検索しても、どちらかといえばそのような意見ばかりが目についた。私は悲嘆に暮れた。なぜなら、高品質であるはずの日本の生理用ナプキンですら、私にとっては手放しで称賛できるような使い心地では決してないからだ。生理用ナプキンは汗をかくと尻や股のいろいろなところに張り付いて気持ちが悪いし、出血量が多いときはもちろんたいした出血でなくてもいつズレや漏れによって下着やズボンを汚すかわからず不安は尽きないし、出血量がわずかになり汗もかかずにいるとガサガサして尻や股のいろいろなところが地味に痛い。そういったすべてを、私はあきらめていた。生理というのはそもそも不快なものであるので、仕方がないのだ。これは、どうしようもないことなのだ。さらに、私の生理はおそらく正常だった。私は前年に、子宮筋腫の摘出手術を受けていた。それまでもそれ以降も私は自分の出血量が他人と比べて多いのか少ないのかわからずにいるが、自分比では明らかに術後、出血量が減った。生理痛は、なにかに集中したり夢中になったりすればそのあいだはまあまあ忘れていられる程度のものだった。なにより、私の子宮を裂き、中身を確認してきれいにしてくれた医師が、これでひとまずあなたの子宮には何の問題もありません、と太鼓判を押してくれたばかりだった。つまり、この体は、このように不快であることが正常なのだ。

 けれど、今以上の不快を、私は決して許すつもりはなかった。というより、これ以上の不快に、私は自分が耐えられるとは思っていなかった。もうごめんだった。うんざりだった。

 私は3週間分+予備1週間分の生理用ナプキンを用意した。それらは、63リットルのスーツケースの4分の1を占めた。私はぱかんと床で開いたスーツケースを見下ろし、情けなくてちょっと泣いた。私は大量の生理用ナプキンとともにアメリカへ発った。

 先日、生理について対談する機会があった。話してみると、いくらでも話すことがあった。私はこのアメリカへ持って行った3ヶ月分の生理用ナプキンの話をしたし、日常の不安と数々の失敗について訴え、最近出会ってすっかりとりこになっている生理用品を賛美し、対談相手の方の経験したこと、感じていることをうなずきながら聞いた。そしてもちろん、私が試したことのない新しい生理用品について、知りたいことがたくさんあった。私はこの対談の企画者の方々に、矢継ぎ早に質問をした。

 そうしているあいだ、私はどうして今まで小説に生理のことを書かなかったんだろうと思った。私は、こんなにまでも毎日、生理でないときですら生理のことを考えている。生理用ナプキンのストックのこと、何週間も先の予定が生理の来るであろうタイミングとかち合わないかどうか、かち合うのならばあの服はだめだとかあのバッグは生理用ナプキンが入らないからだめだとか。あのぬめる血の、乾いてぱさつく血の感覚。痛みと痒みと血の染み。失敗と不安と恥ずかしさと怒り。

 これだけの情報を持っていながら生理について書かなかった自分を、私は怠慢だとさえ思う。私は今すぐにめちゃくちゃに、生理を書きたい。

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source : 文藝春秋 2020年11月号

genre : ニュース 社会 読書