三島は「天皇」が持つ“現実との対立性”を“現実を批判するための根拠”と読み替えた
<この記事のポイント>
●平野氏にとって、「小説家」になる原点が『金閣寺』との出会いにあった
●1969年、東大全共闘の学生たちと討論会を行った頃の三島の思想は、あえていえば「戦後日本の全否定」
●三島の天皇観は、血統や家族を通じて天皇と結びつくというより、大嘗祭という即位儀礼の「祭祀」を通じで天照大神と神秘的に直結するようなイメージだった
平野氏
強烈なコントラストの組み合わせ
14歳のときに、『金閣寺』を読んだことが、僕にとって、三島由紀夫との出会い、という以上に「文学」との決定的な出会いでした。
それ以前も、近代文学の名作と言われるものを多少は手にしていましたが、何となく読んでいただけで、読書が面白いという感覚はあまり抱いたことはなかった。ところが『金閣寺』は、文字通り、衝撃を受けました。
まず文体が、それまで読んでいた文学作品とはまったく違っていました。非常にきらびやかで、華麗な比喩が用いられていた。レトリックというものの面白さに初めて目覚めたわけです。
一方、主人公は、非常に暗い。吃音のために社会と上手くコミュニケーションがとれずに疎外感を抱いている。それで、美の象徴である金閣寺だけを頼りに生きている。そんな主人公の状況に共感を覚えました。僕もちょうど自我が芽生え始め、学校くらいの小さな世界ですが、いわば「社会」との間に一種の違和感を覚えはじめた頃だったからです。「非常に華麗な文体」と「非常に暗い内面の告白」。この強烈なコントラストの組み合わせそのものが、とても新鮮でした。当時は、三島の思想のことなど、ほとんど何も理解していませんでしたが、「とにかく凄いものを読んだ」と感じたんです。
それから『潮騒』とか『仮面の告白』といった、新潮文庫から出ていた三島の代表作を次々と読んでいきました。
さらに『裸体と衣裳』といった日記形式の評論・随筆にまで手を出してみると、いろんな小説についての言及がある。それがまた「読んでみたい」という気持ちにさせるような本の紹介の仕方なんです。三島は、とても優秀な「本の紹介者」だと思います。「小説書き」としてだけでなく「小説読み」としても非常に優れていた。
そういうわけで、三島作品を読みながら、三島が影響を受けた文学作品を読むようにもなりました。ドストエフスキーやバルザックなど、主に19世紀の作家の作品です。それでまたしばらくして、『金閣寺』を読み直してみると、初読のときよりも内容がよく分かるようになっている気がする。
つまり、一つの文学作品は、孤立して存在しているのではない。それは、真空地帯のような世界に、ポツンと一つ置かれているようなものではなくて、「文学」という非常に広大な森のなかに、一つの華のように咲いている。一つの作品の背景には、無数の作品が連環した非常に豊かな世界がある。そういう文学のイメージを僕は三島から教えてもらいました。まず「小説の読者」になって、後に「小説家」になる原点が、『金閣寺』との出会いにあったわけです。
三島由紀夫
三島vs東大全共闘
三島が自決したのは、1970年11月25日。没後50年を機に、現在、「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」という映画が公開されています。僕もインタビューを受け、コメントを寄せましたが、この映画は、1969年5月13日に東大駒場キャンパスで行われた三島と東大全共闘の学生との討論会の記録が元になっています。
このやりとりが映像として残っているのは、とても貴重なことですし、とくに三島のことをあまり知らない読者にとっては、スリリングな内容でしょう。「右翼」と言われている三島が、「左翼」の学生と意外なほどに意気投合している姿は、とても興味深い。
ただ、三島自身にとってどれだけの意味があったのかと言えば、過大には評価できません。東大全共闘のメンバーにとっては一世一代の機会だったでしょうし――三島はすでに世界的な作家でしたから――、三島も相当な緊張感をもって臨んだのは事実ですが、三島自身が何らかの思想的な影響を受けた出来事だったとは、見てません。
当時、40代半ばの三島にとって、いくら東大全共闘だと言っても、20歳くらいの学生が相手です。現在、45歳の僕でも、講演などで20歳くらいの学生と議論となっても、さすがに激高したり、怒鳴ったりはしません。論敵とはいえ、おのずとどこか学生向けに話すような感じになります。ましてや大作家の三島です。全共闘の学生のかなり乱暴な物言いや挑発にも、非常に真摯に対応しています。明晰に話はしても、決して高圧的にはなっていない。おそらく映画を見た人の多くは、そういう三島の姿に好感を抱くはずです。戦後日本の全否定
ただ、この時期の他の作品や発言も合わせて見ると、この討論で、三島は「言語」や「天皇」について相当深い議論をしています。
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