時代を切り拓く“異能”の人びとの物語「令和の開拓者たち」。今回の主人公は、爆発的人気を集める「4代目ジムニー」のチーフエンジニア、スズキ株式会社の米澤宏之。笑顔で本物志向をつらぬいたチーム・リーダーが新型ジムニーに込めた思いに迫ります。
<summary>
▶︎スズキの4代目「ジムニー」は2018年に20年ぶりに全面改良。発売開始と同時に爆発的な人気を呼んだ
▶︎チーフエンジニアの米澤宏之は「プロが使って満足できる商品」をコンセプトとして開発を行った
▶︎流行に媚びず、「本物志向」に徹した姿勢がSNS時代を生きる若者に受け入れられている
「サムライ」と呼ばれるジムニー
コロナ禍において、キャンプ場が賑わっている。ソロキャンプブームとも言われるが、静かな自然の中でパソコンを叩いている人たちの姿も増えた。テレワークやワーケーションは着実に進んでいる。
そんな中でよく見かけるようになったのが、「4代目」ジムニーである。
4代目へのフルモデルチェンジが行われたのは2018年。これはジムニーにとって実に20年ぶりとなる全面改良であった。モデルサイクルが際立って長いのもジムニーの特徴である。
「ジムニーがフルモデルチェンジ」というニュースは、日本国内はもちろん、海外のメディアでも大々的に報じられた。ジムニーは国際的にも愛好家が多く、世界199もの国や地域で販売されている。この車を「サムライ」と呼ぶ海外のファンもいるが、小柄でキレのいい走りは確かに侍を彷彿とさせる。
結局、4代目ジムニーは販売開始と同時に、納車が追いつかないほどの爆発的な人気を呼んだ。無論、納期には時期や地域、カラーなどによってかなりの差があり、今では増産体制も整えられているが、それでも大変な人気が続いていることに変わりはない。「モノが売れない」と嘆かれることが多い時代の中で、これだけ「買いたい」という人が殺到している商品というのも珍しいのではないだろうか。
4代目ジムニー
半世紀に及ぶ歴史
ジムニーの歴史は1970年にまで遡る。スズキ株式会社の現会長である鈴木修氏がまだ常務だった頃、「ホープ自動車」(1970年代に自動車事業から撤退)がつくっていた4WDの軽自動車を気に入って製造権を取得し、改良を加えて完成させたのがジムニーである。
しかし、発売前は「こんなクルマ、売れるわけがない」といった声も少なくなかったという。
ところが、いざ販売が始まると、みるみるうちに好評を博し、国内外に多くのファンを獲得していった。コアな愛好家のことを表す「ジムニスト」という造語も生まれた。筆者もその一人である。
2代目へのモデルチェンジは1981年。1998年には軽自動車規格の改定に合わせて3代目が誕生した。
それから20年後の2018年に迎えたのが、4代目へのフルモデルチェンジということになる。
そんな4代目ジムニーの開発責任者が、四輪商品第2部チーフエンジニアの米澤宏之である。開発はもちろんチームで進められるが、米澤はその開発陣を率いる役割を担った。
米澤は1962年、静岡県浜松市で生まれた。浜松と言えばスズキの本拠地だが、父親は自営業をしており、スズキ関連の仕事をしていたわけではない。
大学時代は機械工学を学んだ。若者のクルマへの憧れが強かった時代、在学中から「クルマをつくりたい」という気持ちが膨らんでいった。
1987年、米澤は鈴木自動車工業(当時)に入社。以来、軽自動車用エンジンやターボエンジンの実験開発業務などに携わった。2004年からは「エブリイ」や「キャリイ」などのプロジェクトに従事。ジムニーのチーフエンジニアに就任したのは2013年である。
4代目へのフルモデルチェンジに至った最大の理由は、歩行者保護や衝突安全性といった新たな法規に対応するためであった。つまり、「売れなくなったから変える」のではなかった。そんなフルモデルチェンジを米澤はどう受け止めたのだろうか。
「もちろんジムニーの50年の歴史というのは、ものすごい重みとして絶えず意識はしています。
しかし、プレッシャーのようなものは感じませんでした。自分でプレッシャーをかけてハードルを上げていくということはしたくありません。何とかポジティブにとらえて、どうしたらうまくできるかということに集中し、モチベーションを上げていきました。最も良くないのは萎縮してしまうこと。すべてを前向きに考えたいと思っていました」
こうして始まったプロジェクトだが、米澤が最初に着手したのが緻密な市場調査であった。
「まず『お客様の声を聞きに行こう』と。ジムニーがどういう使われ方をされているのか、我々はわかっているつもりでしたが、もう一回、本当に使っている人たちの生の声を聞こうと考えました」
米澤チーフ
プロが満足するクルマ
米澤は林業従事者など、仕事でジムニーを使っているプロユーザーの話を丹念に聞いて回った。すると「山の中で安心して乗れるのはもちろん、事務所から山まで行く舗装路での乗り心地も大事」といった声に触れることができた。
また、雪深い地域で暮らす人たちの話にも耳を傾けた。そういった調査の中で改めて強く意識したのは、「四駆性能とコンパクトさというところは絶対に残さないといけない」ということだった。
「ジムニーにとって『本格的な四駆性能』と『唯一無二』という言葉は、絶対に切っても切れない。そして『プロが使って満足できる商品』ということ。これらの言葉がコンセプトとして見えてきました。プロが満足するものであれば、一般ユーザーも満足してくれるでしょうから」
米澤がターゲットとして設定したのは「プロユーザー」だった。そもそもスズキが創業以来、大事にしてきたのは「仕事に役立つクルマ」を追求する姿勢である。米澤がコンセプトとして掲げたのも「機能に徹する」という哲学であった。こうして「機能を優先し、無駄を削ぎ落とす」という指針が明確になった。
人気沸騰中の新型ジムニーだが、私も数日間のテストドライブを試みた。キビキビとした操作性とワクワク感のある走り、そして悪路での高い走破性は、確かに「唯一無二」という言葉を感じさせる。
そんな走りを支えているのが、ハシゴ状のフレームの上に車体(ボディ)を載せる「ラダーフレーム構造」。初代ジムニーから受け継がれる遺伝子の一つだ。
こだわりのラダーフレーム
現代の自動車はボディとフレームが一体となった「モノコック構造」が主流だが、新型ジムニーでは、あえてラダーフレームを残した。
屈強なハシゴ状のフレームは、路面からの衝撃をしっかりと吸収する。現在、ラダーフレームを採用しているのは、スズキの中でもジムニーだけ。ジムニー独特の乗り心地の良さは、ここから生まれる。
新型ジムニーでは、このラダーフレームをさらに補強した結果、ねじり剛性が50パーセントも向上。よりタフな走りを実現している。
しかし、ラダーフレームという選択は、他の車種と部品を共通化することによって製造コストを抑えるという、昨今の自動車産業のトレンドに反するとも言えるが、米澤はこう話す。
「コストはかかっています。しかし、市場調査を通じて、ラダーフレームは絶対に崩してはいけないという実感が強くありました。そしてその長所をより伸ばしていこうと」
コストをかけてでも商品の本質を守ろうという、開発チームの信念が伝わってくる。
譲ってはいけないところ、伸ばしていくべきところを正確に見定める作業は、モノづくりにおける重要なポイントの一つである。その見極めと決断を間違えないことが、リーダーの重要な役割となる。
街乗りはもちろん、高速道路での走行も以前より安定している。伝統的な基本構造を守りながらも、予防安全技術など時代に即した最新式のシステムも導入されている。
「伝統を守る」とは、立ち止まって一歩も動かないことではない。変える部分と変えない部分をしっかりと整理し、十分に分析したうえで線引きすることが、伝統を継承するという行為の本質ではないか。
無骨な外観
様々な機能の進化が感じられる新型ジムニーだが、今回の大ヒットに最も直接的に結び付いているのは、その個性的なエクステリア(外装)デザインであろう。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2021年2月号