ファン・ゴッホ美術館編、圀府寺司訳「ファン・ゴッホの手紙 Ⅰ・Ⅱ」

文春BOOK倶楽部

原田 マハ 作家
エンタメ 読書

選ばれた265通から浮かび上がる人間像

 もしもゴッホが現代に生きていたら? 家族や友人に秒速でメールを連打する。心の中に浮かぶ言葉のままにツイッターでつぶやく。描き上がったばかりの絵を速攻でインスタにアップ。「いいね!」を数えてひとりでにやけ、いつしか世界的なインフルエンサーになったりして。

 などと想像してみるのは楽しいものだが、ゴッホが生きていたのは130年以上もまえのことである。とはいえ、歴史の時間軸でとらえれば、それほど昔むかしのことではない。私も19世紀末のパリを舞台にした美術系小説を数多く書いてきたが、その理由の一つとして挙げられるのは、この時代は現代と地続きになっているという感覚があるからだ。しかし、今世紀になってからの情報産業の飛躍的な発展とコミュニケーションの多様化は、19世紀を生きていた人々には、いかなる未来学者であれ、決して想像することはできなかったであろう。

 ご存知のように、フィンセント・ファン・ゴッホは生前ほとんど認められることなく37歳で自らの命を絶った(と言われている)。いまでこそ、彼の名前を冠した展覧会を開けば入口には大行列ができ、晩年に描かれた作品がオークションに登場しようものなら時価100億円を下らないと言われている。美術史上最もその名を知られる画家——というのが当たり前の現在、なにゆえにゴッホはこれほどまでに知名度を上げたのか。その背景について考えたことがある人は、実はさほど多くないのではないか。かく言う私も、長らく「なぜ?」と問うことがなかった。

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source : 文藝春秋 2021年4月号

genre : エンタメ 読書