TBSアナウンサーの堀井美香さんによる初の著書『音読教室 現役アナウンサーが教える教科書を読んで言葉を楽しむテクニック』(カンゼン)が出版された。ナレーションの名手として知られる堀井さんだが、局アナとして「ナレーション」を極める人は多くない。今年で入社27年目を迎えるベテランアナがたどってきた異色のキャリアと、「読み」の魅力について聞いた。(聞き手・構成=小泉なつみ/ライター)
ラジオパーソナリティとしても人気を誇る堀井美香さん。ジェーン・スーさんと共にパーソナリティを務めるポッドキャスト番組『OVER THE SUN』が「JAPAN PODCAST AWARDS 2020」で二冠を達成。
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『音読教室』では、朗読の材料としてはじめに『ごんぎつね』が取り上げられている。……のだが、タイトルである『ごんぎつね』の「ご」に、なんと5ページが費やされていた。「最初の一文字はなかんずく大事」と力説する堀井さん。「なかんずく」とは、「とりわけ」という意味である。
「本当は5ページでも足りないくらいです。私自身、いろんな先生に朗読を教わってきましたが、多くの先生に『俯瞰で読んでみて』とか『もうひとつ感情を入れて』というようなことを言われました。俳優さんならその説明だけですぐに表現できるかもしれませんが、アナウンサーとしての読みの指導を受けてきて、いつも理論的な説明を求めてしまっていました。その言葉をどう立てればいいのか、出だしはどうしてその高さになるのか、なぜそこに抑揚がつくのかが知りたかった。教えていただくと読みは確かにどんどん変わっていきました。ただ、自分がどうやって文章を音に変換していったのか。知らず知らずのうちに体感していたロジックを一度まとめたいと考えたのです。
ちなみに、第一声が素晴らしい方として私が感銘を受けたのは、ジャパネットたかたの元社長、髙田明さんです。高田さんのセールストークは声の出し方が計算され尽くしているんですよ」
『音読教室』の表紙には、ながしまひろみさんが手がけたイラストが
雰囲気で押し切ってしまう部分も多かった「読み」の技法。そのコツを法則化し、誰にでも上達可能なスキルとして本にまとめるまでに至った堀井さんだが、かつては「ただ文章をきれいに読めばいいと思っていた」と語る。
「入社直後から自分でもバラエティのナレーションは割と上手くできているとわかっていました。そんな時、『ザ・ベストテン』の山田修爾プロデューサーが『君はナレーションがいいからもっと勉強しなさい』と、ドキュメンタリーの現場に入れてくれたんです。
内容は、イスラム教徒を取り上げた難解なもの。少し読みに自信のあった自分でしたが、そこではプロのナレーターの方の実力を思い知らされました。将来的に報道やドキュメンタリーといった硬派なものも読めないとキャリアは3年で詰む。そう突きつけられた瞬間でした」
『音読教室』の中で堀井さんが繰り返し訴えているのは、テクニックと同時に、自分なりの解釈を持ってストーリーを伝えることだ。『ごんぎつね』の「ご」になぜこだわるのか。それは、自分が『ごんぎつね』で感じた世界観を端的に提示する第一声になるからだ。
「私がレッスンを受けた方で指導に感銘をうけたのは、『金八先生』の事務員役で知られる女優の三木弘子さん。三木さんは登場人物の言動や風景描写について都度、『なぜそうなのか』を説明させました。『源氏物語』なら、なぜここで桜がひらひらと舞っているのか。源氏はなぜ一歩を踏み出したのか。三木さんのもとで人の心の動きを説明する特訓をしたおかげで、考える癖がついたんです。きれいに読むのではなく、中身を考えなければ聴かせる朗読にはならないのだと教わりました。あまりに私がしつこくレッスンをお願いしたので三木さんには、『ねえ、あなたに教えて私に何の得があるの?』と言われていました(笑)。面白い方でもあるんです」
さらに、音読をすることでコミュニケーションが円滑にいく側面もあると言う。
「基本として、まず音読をすると口が動きます。使わない筋肉を急に動かすと身体を痛めてしまうように、普段からストレッチをしてメンテナンスをしておかないと、いざという時に発言できないもの。うまく喋れないとそれがストレスになり、言いたいことを遠慮してしまったり、タイミングを逃してしまったりします。自分の意図を十分に伝えられないまま会話が進行してしまうこともあるでしょう。そういった意味で、音読で常に口を動かしておくことがコミュニケーションにも役立つと思っています。
それに、あらかじめ決まった文章を読む音読なら、恥ずかしさもないですよね。簡単でお金も道具もいらず、正解もない。感情を表現するのにとてもいい方法だと思いますね」
今でもTBSのアナウンサールームには、新人時代の堀井さんが書いた「朗読ナレーション道を行く」という記事が貼られている。初志貫徹している堀井さんだが、入社した1995年は“女子アナブーム”の最盛期。どの局も女性アナウンサーを画面で売り出すことに必死で、顔の出ないナレーションの道は、堀井さんに期待されているキャリアとは言い難いものだった。
「小さいときからたくさん音読をしてきたものですから、入社当初から自然と“読みのエキスパート”になりたいと思っていました。でも周りに相談すると、『あんまりナレーションナレーション言わない方がいいよ』とアドバイスされたこともあります(笑)。『ゴールデンの番組に出たいです!』と言っていればプロデューサーから声がかかるかもしれないけど、『ナレーションやりたい!』ではなかなか難しい。あまり口外しないほうがいいよ、ということだったようです。ただそれは25年前の話で、今は後輩たちがみんなナレーションをやりたい! と言ってくれているので嬉しいですね」
入社2年目の1996年には同期の男性と結婚。翌年に長女を出産するも、局内の反応は良いものではなかった。当時、入社間もない新人アナウンサーが結婚・出産することは異例だった。それでも堀井さんは無理に仕事を両立させるのではなく、子育てを優先した。
「どちらの両親も地方にいて、夫も仕事が忙しかった。そんな環境では私が子育てをする以外、選択肢はありません。自分は腹をくくっていたので悩むこともなかったんです。ただ、夕方の帯番組は子どもと夕飯を食べられないからできません、土日のラジオも出られませんとなると、職場では『じゃあなんの仕事ならできるの?』となってしまう。肩身の狭い立場でしたが、先輩からの『最後に帳尻が合えばいい』という言葉に救われました。じゃあ今は子育てに専念して、彼らが巣立ったらその後、思う存分仕事をしてキャリアの帳尻を合わせればいい。そう思えたんです」
堀井さんは“育児と仕事の両立で戦ってきた”感を出さない。「それが自分のやるべきことだったので」と、気負いなく話す。「『母』『アナウンサー』『上司』みたいな型があったほうが生きやすいタイプ」と自己分析するが、型を利用して自分のやりたいことを完遂してしまう、スマートで芯の強い方のように見える。
「今は3年前に子育てが一段落して仕事にガッとシフトして、年々仕事が増えてきている状態。アナウンス業務だけでなく社員としての沢山の仕事を本当に忙しくやらせてもらっています。帳尻が合ったかどうかはまだわかりませんね。でも来年は50歳。なんとなくゴールみたいなものが見えてきた今、ひとつの節目だとは感じています。管理職になって現場を離れていく寂しさを同期からも聞きます。じっくりこの一年、次のステージのことを考えていきたいと思っています」
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近頃では、エッセイストのジェーン・スーさんと共にパーソナリティを務めるポッドキャスト番組『OVER THE SUN』が「JAPAN PODCAST AWARDS 2020」で二冠を達成するなど、ラジオパーソナリティとしても人気を誇る。堀井さんの返しや「間」から相手への心遣いや品を感じ、筆者もラジオの前で耳をうっとりさせている一人だ。
「本当に仲のいい女友達との会話って相手の話を聞いていないことが多いですけど、スーさんとの番組もそれと同じ。言いたいこと言ってるだけで、“間”も何も……ですよ。
そうそう、昔、永六輔さんのラジオでアシスタントをしていた時、永さんの言葉に対していちいち返しをしていたんです。当時はそれが仕事だと思っていたし、反射神経の良さをアピールしたい気持ちもあったと思います。そうしたらリスナーの方から、『堀井さんはお願いだから黙っててください』と手紙がきて。丁々発止のやり取りじゃなく、リスナーさんは永さんの話を聞きたいんだ!と、そこではじめて気がつきました。
永さんは『毎回、相槌を打たなくていいよ』とアドバイスをくれて。『僕は君の相槌ひとつでどこへでも行けるから、10回相槌を打つかわりに、1回の相槌で会話をどの方向に向かわせるかだけに集中してみて』と教えられました。一番いいタイミングで『そうですね』ではない、自分なりの相槌を打つ。今でもそれは意識していることです。ちなみに、11年間番組でご一緒した久米宏さんは、私が凡庸な返しをすると絶対に拾ってくれませんでした(笑)。
相手のコメントに逐一返しをしたりスピード感で突っ込むのではなく、話終わりまで待って、会話のどこに光を当てるのかを考えて抽出する。そういうスタンスでお話を聞いていると、自然と“間”が生まれるのかなと思いました。しつこいですが、スーさん以外のオフィシャルの場では、の話ですよ(笑)」
昨年10月にはじまったポッドキャスト番組『OVER THE SUN』、略して『オバサン』は、「中高年女性が無駄話する番組」を標榜する。『SATC』から閉経、『ロンハーマン』(高級セレクトショップ)まで話題は幅広く、自由自在にかっ飛ぶ。リスナーからのメール数はラジオを上回るほどの人気だという。
「毎回テーマも決めていないんです。たまーにスーさんからLINEで『あの話したいんだけど』ってくるくらいで、台本もないですしね。
アナウンサーは本来ゲストをお迎えする立場なので、10秒余ったら誰かに喋らせるという本能が身についている。だからフリートークで自分の話をすることに最初はすごく抵抗がありました。今まではアシスタントとしてしかやってこなかったですしね。でもスーさんとはパーソナリティという立場で一緒になったので、今はもう自然というか、素でやっています。
2013年に『ザ・トップ5』という番組で一緒になったのが、スーさんとの出会い。エッセイストで作詞家でクリエイターの集う事務所に所属していて……。絶対私とは合わない人だろうなと思っていました。当時のスーちゃんは髪が斜めってたし。あっちはあっちで『この人巻き髪だなー』って思っていたみたいですけど(笑)。でも、まったく見てきたものや持っているものが違うから、そこに嫉妬や比較がない。すごくうまくいっているなと思いますね」
カラッとした2人のトークに触れると、「世のみんな“オバサン”ならいいのになあ」と思う。20歳から70歳までと幅広い年代のリスナーが悩みやモヤモヤに対して知恵を出し合い、支え合う。互いの違いを面白がりはしても、ジャッジはしない。それが「オバサン」という集団だとしたら、今すぐ結党してほしいくらい、世の中に必要な存在な気がする。
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