カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳「クララとお日さま」

文春BOOK倶楽部

佐久間 文子 文芸ジャーナリスト
エンタメ 読書

AI搭載の人工親友が導く歪んだ世界

 カズオ・イシグロの6年ぶりの新作『クララとお日さま』は、ノーベル文学賞受賞後の第1作ということもあり、世界同時発売されて話題を集めている。

 シンプルなタイトルは童話めいた印象を与える。ショーウィンドーに並ぶクララに目を止めたジョジー。からだの弱いジョジーの遊び相手として彼女の家に買われていったクララは、ジョジーのいちばんの理解者になろうとつとめる……。

 あらすじを書けば、それこそ童話じゃないかと思われそうだがそうではない。語り手のクララはもの言わぬ人形ではなく、最新のAI(人工知能)をそなえた、太陽光によって動く人体型のロボット(AF)である。

 AFが人工親友(Artificial Friends)だというのは種明かしされるが、「オブロン端末」や「クーティングズ・マシン」といった耳慣れない言葉が説明なく使われる。「オブロン端末」はスマートフォンやタブレットだと想像がつくが、クーティングズ・マシンは、道路工事に使われる排気ガスを出す機械であることぐらいしかわからない。

 これは作者の不親切……ではもちろんなくて、AFのクララが初めて世界を見るように、読者の前の世界もひろがっていく。未知の環境を前にしたとき、クララの視界はいくつかのボックスに分割され意味をなさなくなることがあるのだが、そうした認知のゆがみまでも、文章の力で読者に体験させようとする。

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source : 文藝春秋 2021年5月号

genre : エンタメ 読書