大臣の「勇み足」とスタンドプレーで、現場には困惑が広がる
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▶省庁の縦割りの調整役を担うべく登場した河野太郎行政改革相だが、彼の言動が劇薬となって軋轢が生じ、想定外の事態を招くこともしばしば
▶河野氏の言動からは、ワクチンのことはすべて自分が決めるという気負いが先行し、驕りさえ垣間見える
▶混乱を避けるために「1施設1種のワクチン」の原則を厚労省が掲げていたはずなのだが、河野大臣はお構いなしだ
「会場を選べばワクチンを選べる」
日本で承認されたmRNA(メッセンジャーRNA)と呼ばれるファイザー製の新型コロナウイルスワクチンは、予想を大きく上回る効果があるようだ。実際に各国で使われた実績でも90%以上の有効性を維持していて、感染者数を抑制する切り札になることは間違いない。
だが、日本でのワクチン接種がなかなか進まない。省庁の縦割りの調整役を担うべく登場した河野太郎行政改革相だが、彼の言動が劇薬となって軋轢が生じ、想定外の事態を招くこともしばしばだ。全国民を対象とした大掛かりなワクチン接種計画に「想定外」はつきものだが、彼の政治家としてのメンツやスタンドプレーだとすれば、それに振り回される自治体や省庁の担当者はたまらない。
国民のワクチン接種は努力義務とされているが、接種するかどうかはあくまで任意となる。であれば、接種するワクチンの安全性や効果の情報は気になるところだ。現時点で承認されているのはファイザー製だけだが、アストラゼネカ、モデルナ製も承認申請が済んでおり、早ければ5月中にも承認される見通しだ。
そうなれば、どのワクチンを接種するのかは最大の関心事となる。
3月28日、河野氏の片腕として内閣府大臣補佐官に抜擢されていた小林史明氏がフジテレビの番組内で、このワクチンの選択について言及した。
「接種会場ごとにですね、打つワクチンというのを決めています。で、それは公表されるので、会場を選べばワクチンを選ぶことができる」
翌29日午前の官房長官会見で、加藤勝信官房長官は小林補佐官の発言について、「政府の方針という理解でよろしいか」との質問に、こう答えている。
「接種会場ごとに原則ひとつのワクチンを接種する方向で検討がなされていると承知しております」
つまり接種会場を選べば、ワクチンを選べるとの小林補佐官の発言を是認した格好だ。
接種はいつになるのか?
小林補佐官のハシゴを外す
ところが翌30日の閣議後会見で、河野大臣の発言に、思わずのけぞった。
冒頭、ドローンの規制緩和などの課題について約10分にわたって説明したあと、「最後ワクチンをやりますか」と記者の笑いを誘ってコップの水を口に含んでから話し始めた。きっと発言内容を事前に知っていた記者もいたのだろう。
「小林補佐官がワクチンを国民が選択できると発言されましたが、完全に勇み足でございます。(中略)もう2社承認が予定されておりますが、いま戦略を検討しているところでございますので、まだ何も決まっておりません」
ワクチン以外の質問には真摯に答える河野大臣だが、この問題についてはぶっきら棒だ。記者から小林補佐官について「隣の部屋で情報共有しながら、どうして齟齬が生じたのか」と問われると、「まあ不思議なことは起こるんだと思います」と素っ気ない。「誤解を生みかねない」「何も決まっていない」と紋切り型の受け答えを繰り返す。
質問は厚生労働省がアップしたばかりの「コロナワクチンナビ」にも及んだ。このナビは、住んでいる地域でワクチンを接種できる会場や医療機関の住所や名称、それに予約状況を検索できる情報サイトだ。ここで、ワクチンの種類で検索することが可能になっていた。承認予定のアストラゼネカやモデルナで検索をかけると、扱っている会場が表示される仕組みになっている。
この仕様について問われた河野大臣は、「停止しろと言ってあります。誤解を招きかねないので」と答えた。河野大臣は、ワクチンを「選べる」と言った小林補佐官を「発言に気を付けるように注意しました」と切り捨て、返す刀で厚労省をも咎めたことになる。
ハシゴを外された小林史明補佐官
「勇み足」は河野大臣のほう
私がのけぞったのは、彼の人を食ったような態度にではない。このワクチンの選択が接種態勢に大きく影響すると予想して取材を進めていたからだ。その取材内容とは180度異なる見解を示したのは、小林補佐官ではなく河野大臣だった。いったい「勇み足」は、どちらなのか。耳を疑った。
小林補佐官、加藤長官の言う「1施設1種のワクチン」という原則を厚労省が定めたのは、昨年12月になる。
厚生科学審議会の予防接種基本方針部会で、「医療機関等の接種会場では、各会場で取り扱うワクチンを1種類にすることを原則とする」と決められた。ワクチンの打ち間違いなどを防ぐ目的で設けられた規定だ。接種する医療従事者を確保できないなど止むを得ない事情がある場合は、曜日を分けるなどして実施するよう求めている。
以降、この方針に則って準備が進められてきた。
河野大臣の「勇み足」発言の直前まで、厚労省予防接種室の担当者は私の度重なる問い合わせに対して、ワクチンの選択について、こう説明していた。
「レストランでメニューから選ぶように、接種会場で3種類のワクチンのなかから選ぶ形にはならないが、住民向けの案内で施設ごとに扱うワクチンの種類が公開されるので、間接的に選べることになる」
つまり「1施設1種」の原則に則って、会場を選ぶ方向で準備を進めていたわけだ。
事実、3月12日に開かれた厚労省による自治体説明会の資料に掲載された「コロナワクチンナビ」の説明には、接種を受けられる医療機関と並んで「どのワクチンを扱っているのか」とあり、ワクチンの種類が公開されることを前提にしている。
小林補佐官の発言は、厚労省の方針を踏まえた既定路線だったことになる。それを河野大臣が覆し、「勇み足」と叱責したわけだ。
このワクチンナビは3月29日に公開されたが、大臣の発言後の4月12日付の自治体向け説明会資料からは、「どのワクチンを扱っているのか」の文言は消えてしまった。
ワクチンナビを担当する同省予防接種室の担当者に尋ねると、「そもそも現在はファイザー製のみだから、紛らわしくないように修正させていただいている」という。では、新しいワクチンが追加されたらどうなるかと問うと、「承認されたワクチンをどう表示するかは、まだ決まっていない」との説明だ。
河野大臣がもし、これまでの方針を覆すのであれば、自分を支えてくれている小林補佐官や、接種態勢の準備を進めてきた厚労省と意思疎通を図っておくべきだろう。それが理解されていないとすれば、彼のスタンドプレーと受け取られても仕方ない。むしろ責められるべきは、チーム内をまとめられていない河野大臣ではなかったか。
一刀両断に切り捨てられた厚労省の嘆きも聞こえてくる。「河野大臣の発言の真意はわからない」としつつ、「方針が変わった訳ではないが、事前に知っていたかというと、知らなかったと答えざるを得ない」。
厚労省は軌道修正を迫られ、自治体の対応もまちまちだ。
「できればワクチンの種類は知らせたいので、ホームページの予約の一覧に会場ごとのワクチンの種類を掲載したい」(都内の担当者)
「ワクチンの種別を公開するのは難しいだろう」(関東の担当者)
自治体の多くは、ワクチンの選択については「国から指示があるまで動けない」と静観の構えを見せる。
2月8日の衆院予算委員会で、公明党の桝屋敬悟議員が、複数のワクチンが供給された場合に、国民の選択はどうなるのかを尋ねている。これに対して河野氏は、こう答えた。
「国民のみなさまにはしっかり情報をお伝えし、それぞれの選択をしていただくということになります」
桝屋氏の質問の趣旨からすれば、接種希望者は複数のワクチンから選ぶことができると表明したように受け取れる。だが、河野大臣のお得意のひっかけにも思える。彼の言う「選択」は、接種するかしないかの選択ということか。だとすれば桝屋氏の質問に正面から答えず、はぐらかしたことになる。
ハシゴを外した河野ワクチン担当大臣
坂井官房副長官の発言を削除
河野大臣の物議を醸した口撃は、初めてのことではない。
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source : 文藝春秋 2021年6月号