電車に乗っていると、「フレッシュマンだな」と思しき人々を見かける。新緑のすき間から差し込む日差しに、白い襟が眩しい。去年までは大学のキャンパスで、後輩相手に「くそあちー」などと就活の愚痴をこぼしていた最古参の学生も、新たな4月を迎えると、あどけない紅顔の少年に見えるからふしぎだ。
先日、あるスポーツ紙の記者さんから「新人研修の一環で、西川さんの映画を鑑賞後に記者として質問する体験をさせたいのですが」と頼まれて、新聞社にお邪魔した。6人の新人は、男女比5対5。「筆記の点数が高いのはまず女子なんですよ。近頃はスポーツ記者志望の人も多くて」。
記者生活の1年目はまず高校野球の地区予選大会に散らばって、文字通り汗をかきつつスコアブックをつけることから始めるらしい。最終的にはプロ野球の監督宅に夜討ち朝駆けをかけ、車の助手席に乗りこんで話を聞くような生活が待っているとも。特殊な仕事!
そんな世界に飛び込んだ彼らにとって、独立系の映画監督の私は招かれざる客のようでもあるが、スポーツ紙にも文化芸能欄があるから、将来映画担当に回る日が来ないとも言えない、という趣旨での研修会だろう。恐る恐る「あのう……私のことを知ってましたか?」と尋ねると、6人全員、面目なさげな笑顔を浮かべて沈黙していた。うーん、フレッシュ!
それでもみなさん、下調べした情報をもとに様々な感想をくれ、また脚本のリサーチの際に取材者として何を見るか、など記者らしい関心も寄せてくれた。マスクの下の表情は読み取りにくいが、まっすぐに質問してくれるその目が透き通っているのはわかる。
新聞社が舞台の映画といえば、『大統領の陰謀』や『スポットライト 世紀のスクープ』のように、書類山積みの机が連なるフロアで、襟元の汚れた記者たちがタイプにかじりつき、原稿が飛び交い、デスクが怒鳴り、駆け出し記者が反発し、抜いた、抜かれた、の狂騒が描かれる。ダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードのように記者同士の結束や友情もまたドラマチックだ。けれど私を招いた中堅記者によると、「コロナ前から会社に人はいませんよ。もうどこからでも記事は送信できますし、会社にくる暇があれば現場へ行けと言われますからね。霞が関が近いような社は別として」とのことだ。
「え、記者同士の結束は? ホフマンとロバ……」
「まず顔を合わせる機会がないですよね。同じものを取材にきた他社の人の方がまだ会う機会があるというか。昔はそれこそ、会社の先輩に毎晩飲みに連れて行かれてましたけど、今はもう後輩を誘うのも難しいから……」
「まあねえ……」
こういう話題になると、決まってしょんぼりと口をつぐむのが40代オーバーの特徴である。余計なことは言わんとこ。
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source : 文藝春秋 2022年6月号