司馬先生に玉砕覚悟で挑む

有働由美子のマイフェアパーソン 第42回

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news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、作家の今村翔吾さんです。
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今村さん(右)と有働さん(左)
衣装協力:ランバン コレクション/コンフェッティ

37歳で直木賞取っても人生足らんと感じています

 有働 いつもインタビューは関西弁ですよね。今日は私も関西弁になりそう。

 今村 僕の場合、テレビ出演の時にはかえって標準語に直さんといてくださいと言われます。

 有働 今村さんは京都弁ですか?

 今村 京都でも最南端の木津川市出身なので、京都弁というよりも滋賀弁と大阪弁の中間みたいな感じです。言葉って川の流域に沿って広がっていくようで、僕の出身は琵琶湖から流れる淀川の支流の川沿いなんです。だから京都市内の人とはちょっとちゃうと思いますね。

 有働 そういう作家の小ネタは、お酒の席でめっちゃモテそう。

 今村 いや、どうですかね(笑)。伊集院静先生とか北方謙三先生ならモテるでしょうけど。

 有働 北方先生とはバーでたまたまご一緒したことがあるんですけど、女子一同、完全にキュンとなっていました。

 今村 北方先生は僕の直木賞受賞をめっちゃ喜んでくれて、授賞式で選考委員は先に会場入りせなあかんのに「一緒に行くぞ」と僕を連れていこうとされたんです。

 有働 めっちゃかわいがられていますね~。北方先生から「長編を書きなさい」とアドバイスを受けたのも影響が大きかったそうですね。

 今村 そうなんです。小説もそれ以外のことも、幅広く教えていただいています。何より北方先生は振る舞いがかっこよくて作品のイメージとも合致しますよね。僕の場合は、作品と自分のキャラクターが真逆に行ってしもてるので。

 有働 そうですか?

 今村 アホなことばかり言って軽いイメージがあるから、ゴーストライター説は根強くありますが(笑)。あるいは作品の内容から、実年齢の37歳より年配やと思われるとか。

 有働 若さに似合わない手練というのは私も思いました! 直木賞受賞作『塞王の楯』にハマって、早く寝なきゃと思いながら朝4時まで読んでしまった日もありましたし。この作品については後で触れますが、まず幼少期について伺うと、テレビ時代劇がお好きだったそうですね。

 今村 渋い子どもで、NHKの大河ドラマ『独眼竜政宗』でいかりや長介さんが演じた鬼庭左月が特に好きでしたね。

『ZERO』で踊った

 有働 えっと、ウルトラマンとかじゃなくて?

 今村 はい。子ども同士のチャンバラごっこでよく真似ていたのは、大河ドラマの『武田信玄』で本郷功次郎さんが演じた甘利虎泰。槍を刺されながら刀でそれを切ってなおも戦う、というシーンがあるんです。それがかっこよかったんですよね。

 有働 渋すぎる(笑)。

 今村 まずは治療するんじゃないんや、というのは子どもながらに衝撃を受けて。主君とか大切な人のために命の残り時間を使って戦い、最後の最後まで輝く姿が、武士とか武将に惹かれる原点にあって。だから三つ子の魂じゃないですけど、そういうシーンを今も小説に書くんです。

 有働 これまた渋いのは、小学5年生の頃には池波正太郎さんの歴史小説を読んでいたとのこと。周囲に同じ趣味の子っていました?

 今村 いなかったです。中学生になると三国志が好きという子が少しいたくらいで、わざわざ歴史の話はしなかったですし。その頃にはもう小説家になりたいと内心思っていましたけどね。

 有働 ただ、関西大学文学部を卒業して小説を書き始めるのかと思いきや、ご実家のダンススクールでインストラクターになったとか。

 今村 やってはいましたけど……今日ふと思い出したんですけど、その頃『NEWS ZERO』に出たことあります。

 有働 エーッ! 生放送で!?

 今村 そう、2006年末に「ヤンキー先生が率いるいじめられっ子集団が平原綾香と奇跡の舞」という特集で。ヤンキー先生というのは、僕の親父です。

 有働 その特集で今村さんも踊っていらっしゃった?

 今村 踊っていますし、1曲は僕がセンターで結構映っていました。

 有働 お宝映像ですね。後で探してみます。じゃあ当時は、ダンススクールを継いで一生運営するつもりだったんですか。

 今村 その当時はそう思っていたかもしれないです。仕方ないなと。

 有働 仕方ない?

 今村 正直言うと、ダンス自体はほんまに好きじゃなかったんです。ダンスって小中学生くらいですごく伸びるので、高校生で始めた僕はスタートが遅かったし、そもそもセンスがなかった。たぶん指導は上手ですけど、スキルとしては教え子の7割に抜かれていたと思います。

夕焼けでスイッチが入った

 有働 そういう異色の経歴は小説執筆に役立っているものですか。

 今村 どうかなぁ。ダンスをそんなに好きじゃなくても続けられた理由としては、子どもたちがすごく好きやったんですよ。うちのスクールに来る子はいじめられている子や不登校の子、ヤンチャな子も多かったので、自分に何かできるんやったらという気持ちは常にありました。後に宮城谷昌光先生から指摘されたことがあって、「今村君の小説はほとんど子どもから始まっている」と。

 有働 そうか、たしかに。

 今村 僕も言われて気づいたんです。幼少期の出来事は大人になっても影響を与えると無意識に理解していて、それがたぶん小説に生かされていた。だからほとんどの作品を子どもから書き出していて、芸がないっちゃないんですけど(笑)。自分はそこを大切にしているということでしょうね。

 有働 私はてっきり、作中の人物に躍動感があるあたりにダンスの経験が生きているのかなぁと推測していました。

 今村 それで言うと、僕は舞台演出が得意でしたし、小説も映像的というか舞台っぽいところがあるかもしれないです。どこで盛り上げて、我慢するかは、肌感覚でわかっています。

 有働 我慢するというのは?

 今村 ずっと高いテンションで話を進めると、最後に思いきり盛り上げても読者はグッと来ないんですよね。人は落差に衝撃を受けるので。だからクライマックスの前に雪かきのシーンだとか日常風景を挟んで、盛り上がりを抑える場面をもうけます。そういうバランスは舞台から学びました。

 有働 そういう生かされ方もあるのですね。今村さんはツイッターを拝見していても、常にポジティブというか自信を持って発言されているように感じますけど、それも経験から培われたものですか。

 今村 僕はもともとネガティブ思考で、小説家になりたいと口では言っても30歳まで書いてこなかったんです。でも伊達政宗が10代から「天下を取る」と言っていたように、戦国武将って得体の知れへん自信を口にしますよね。だから僕も作家になる時、ポジティブに反転させようと。行動から思考を生み出していけばいいと、生き方を真逆に変えました。

 有働 ということは、30歳でダンスインストラクターを辞めて小説を書き始めた瞬間に変わった?

 今村 ターニングポイントとして浮かぶのは、ダンスを辞めて1か月後の夕焼けなんですよ。それまではあまりに忙しくて空を見ることがなくて。仕事から、当時の自宅への家路、夕焼けを見ながら少年の頃を思い出して、「あれだけやりたいことがあったのに俺は何もしてこんかったな」と感じて、そこから自分の中で何かスイッチが入ったんやと思います。

 有働 行動しないと、と。

 今村 あの瞬間に、後ろ髪引かれていたものがバツッと切れたんでしょうね。

まつり旅
 
全国の書店にお礼回り
今村翔吾事務所公式ツイッターより

歴史小説の可能性を広げる

 有働 行動に移したことで、今では直木賞作家になって。

 今村 最近、小学生くらいの読者がめちゃくちゃ増えたんです。僕も小学生の時に池波正太郎先生の本に没頭したように、今度は作家として誰かの壁になりたいなと考えるようになりました。

 有働 壁になりたい、ですか?

 今村 そう。あの人を乗り越えたいと目標にされる作家になりたいと思っています。と言いつつ、まだ僕自身、先達の壁を乗り越えていく作業があるんですけど。

 有働 今村さんにとっての壁は誰なんでしょう。

 今村 やっぱり藤沢周平、司馬遼太郎、池波正太郎のいわゆる「一平二太郎」は、昭和に君臨する強大な壁です。歴史小説の世界では、この30年ほど「司馬先生が書いたものだから避けていこう」という潮流があったんですけど、僕はおこがましいですが、40代になったら玉砕覚悟で挑もうと考えを切り替えました。

 有働 それはどうしてですか。

 今村 誰かが挑んでいかないと、歴史小説の可能性が広がらないからです。手つかずの空間で勝負するだけじゃなく、壁に挑戦してこそ見えてくる世界があると思います。僕は仮に「今村の小説は司馬先生と比べて全然ダメや」と言われても平気なくらい耐性はあるので。

 有働 批判には耐えられると。

 今村 最初から微妙に避けたような勝負をしてダメと言われる方が、立ち直れない気がします。真正面から挑んでダメやったら「まだ実力不足やった」と割り切れるし、前向きに別の方法を考えられる。

 有働 司馬遼太郎さんの小説って社会の教科書よりも「歴史」として定着している面がありますよね。

 今村 司馬史観と言われますね。

 有働 それを乗り越えるには、全然違う角度から攻めるとか、どういう方法があるのか……。

 今村 まだ模索中ですけど、僕は司馬先生と同じルートかなと思っています。小説だからもちろんフィクションの部分もあるのに、強靱な想像力と書く技術によって、信じさせるパワーがあったわけじゃないですか。それと同じように、歴史資料の空白を僕の想像力で埋めていって、ページをめくらせたい。もし司馬先生が読んだらニヤッとされるようなスタイルで挑みたいです。

 有働 楽しみですけど、宣言すると文学界とかから「お前、何言ってんねん」と言われないですか?

 今村 今でもしょっちゅう言われていると思います(笑)。でも僕は緊張しいでビビリやから、自分から口に出して逃げ道をつくらないようにしたいんです。

 有働 じゃあこうして宣言するのは、自分を追い込むために。

 今村 それに近い感覚かもしれないですね。

ウクライナ戦争と大津城攻防

 有働 私は『塞王の楯』を読みながらまさにウクライナとロシアを重ねて、ウクライナ戦争と大津城攻防を同時並行で見ている感覚がありました。

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source : 文藝春秋 2022年7月号

genre : エンタメ ロシア 読書 芥川賞