乾
その日、藤介は何故か浮かれていた。
理由などない。あるとするならば、天気が良いのにそれ程暑くないだとか、川縁の草が風に戦ぐのが妙に綺麗だったとか、その程度のことであったろう。
藤介はもう二十五になるのだが、いまだ定まった渡世を持ってはいない。強いて云うなら親の手伝いをしていると云うことになるのだが、何を手伝っているものか藤介自身が判っていない。
そもそも藤介の父親は商売を為ている訳ではない。
元は薬種問屋の主人だったのだが、疾うの昔に隠居している。お店は父の弟——藤介の叔父が嗣いだ。
ややこしい跡目争いがあった訳ではない。
病がちだった父藤左衛門は、子も居らず、連れ合いも早くに亡くしてしまい、五十を前に店を弟に譲って隠居してしまったのである。
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source : 文藝春秋 2022年8月号