大噴火の予兆

日本再生 第74回

立花 隆 ジャーナリスト
ライフ 社会

 今年のG7首脳会議はイタリア・シチリア島のタオルミナで開かれた。あそこはヨーロッパ最大の活火山エトナ山のふもと町だ。ちょっと上を見上げると、そこに富士山なみの巨峰、エトナ山がドンとある。私は若い頃、哲学徒であったから、ギリシア哲学史上最も有名な町シラクサ(プラトンが最晩年住んだ)を訪問したいと思って、あの周辺を1週間ばかりうろつきまわったことがある。その際エトナ山の中腹まで登っている。そこまでしたのは、エトナ山が哲学史上、別の意味であまりにも有名な山だったからだ。プラトン以前の哲人として最も著名な人に四元素説の祖、エンペドクレスがいる。この人は晩年エトナ山に登り火口から身を投じて死んだと伝えられる。理由は自分が神以上の人であることを証明するためとも、魂の不死を証明するためともいわれた。

 エトナ山はずっと活発に活動しており、最近山に登ったBBCの記者が思わぬ爆発に遭遇して命からがら逃げ帰ったと報告している。日本でもつい最近小笠原諸島近くの新島西之島が再び噴火口から煙を上げはじめたり、溶岩を流出させたりしている。近くの海底火山ベヨネーズ列岩周辺では海面変色が報告された。

 こういう熱活動のニュースを聞くたびに、ああ地球という星は、その内奥部で今も活発に生きて活動しているのだと思わずにはいられない。

 熊本地震は一応終息しつつあるらしいと思っていたら、最近、大分県の豊後大野市方面の狭いエリアに八十一本もの異常な地割れ・地すべり現象が出現し、それが拡大中なので(原因不明)、地元に不安が広がっているというニュースがあった。映像を見ると、なるほどこれは異様だった。

 たまたまこのニュースが流れた頃、火山学者として有名な島村英紀氏(北海道大学地震火山研究観測センター長、国立極地研究所長などを歴任)にお会いする機会があった。東日本大震災のあと、断層等の日本列島の火山地震帯につらなる地質学的異常層が、なにか普通ではない様相を示しはじめているという報告がいろいろあった。日本の地層は長く続いていた静穏期が終り、再び活動期に入ったのではないかという見方が専門家の間でも増えだしているという話を聞いた。いますぐ大地震や大噴火が起こる予兆というわけではないが、百年、二百年に1回といった頻度でしか起こらないような規模の大地震、大噴火が将来起こり得るという。たとえば、三百年間おとなしくしていた富士山の再噴火もあり得ると。

 大筋そのような認識が専門家の間では生まれつつあるが、具体的に地域をかぎって、時間をかぎっての近未来予測ができるかといえば、できないというのが現状だ。火山、地震に関するかぎり、人間の経験知は少すぎるほど少いから、これからどうなるのかの予測などとてもできないらしい。火山活動に関して十分な観測データを蓄積しているのは、西では桜島(京都大学防災研究所)、東では浅間山(東京大学地震研究所)ぐらいだ。

 桜島の噴火に関して、島村氏から面白い話を聞いた。桜島では、二〇〇六年六月から昭和火口におい五十八年ぶりに噴火が再開し、二〇〇八年からマグマ性噴火に移行した。二〇〇九年からは、火山灰や噴石を大量に噴出するブルカノ式噴火になり、しかも噴火回数が増え、年間千回を超えるようになった。京大の観測所では、これまでにない異常が起きていると考えた。気象庁は二〇一五年に緊急記者会見を開き、近い将来、桜島は大噴火を起す可能性があると警告を発した。前回の大噴火(一九一四年大正噴火)のときは、桜島が本州とつながって島でなくなった上、死者を五十八人も出した。このとき噴火はしないといいつづけた測候所(現・気象庁)に対する住民の怒りはすさまじく、噴火後に建てられた記念碑には、「測候所のいうことは信用するな。危ないと思ったら自分の判断で逃げろ!」との趣旨の文が記されたほどだ。

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source : 文藝春秋 2017年07月号

genre : ライフ 社会