『令和元年の人生ゲーム』を書いた理由
残業や下積みを嫌って毎日定時退社する、もちろん部署の飲み会も拒否する、ちょっと厳しい指導をしただけで「傷付きました」と会社を休んでしまう……。そんな「Z世代」の働き方が、あちこちの職場で議論を呼んでいる。
「24時間戦えますか?」と煽られながらモーレツ社員をやり抜いてきた団塊世代たちは「そんなんじゃ成長できない」「社会人として甘すぎる」とご立腹だし、実際にZ世代の若手社員と接する機会の多いゆとり世代からも「何を考えているのか分からない」「どう付き合っていいのか分からない」と悲鳴が上がる。書店に行けばZ世代を解説する本がズラリと並んでいるし、「Z世代を理解したい」というニーズはもはや国民的なものと言えるだろう。
Z世代に関する統一的な定義は存在しないが、竹田ダニエル氏の著書『世界と私のAtoZ』によると、1990年代後半から2010年頃までの間に生まれた世代をそう呼ぶのが一般的で、その代表例としてよく挙げられるのがアーティストのビリー・アイリッシュや環境活動家のグレタ・トゥーンベリ、テニス世界チャンピオンの大坂なおみ選手だという。多様性、LGBTQ、環境問題、リベラル派といった単語とともに紹介されることの多いこの世代を題材として、私は『令和元年の人生ゲーム』という小説を執筆した。
そのきっかけは、とあるZ世代との対話だった。タワーマンションに象徴される経済的成功こそが人生の幸福であると信じ、受験や就職、出世や転職といった終わりのない梯子のぼり競争に参加してしまった都市生活者たちの苦悩を描く「タワマン文学」なるジャンルで2022年に小説家デビューした私に、「日本のZ世代代表」を自称する若者たちが噛み付いてきたのだ。
「東京にしがみつく意味が分からないし、タワマンにも興味がない」「学歴なんてどうでもいいし、会社に依存しなくても生きていける時代が来た」「タワマン文学的な考え方はもう古い、私たちZ世代は新しい幸福の形を目指しているんですよ」

「人間らしく生きさせよ」という叫び
そんなことを主張する彼らの多くは、しかし東京の名門大学にきちんと通い、都内のマンションに高い家賃を払っている。サラリーマンをやる代わりにネットの討論番組でコメンテーターをやっている人もチラホラいるが、なるべく多くの爪痕を残して次の放送回でも呼んでもらえるよう、年長者に必死で食って掛かっている。まるで、他の若者たちとともに「日本のZ世代代表」という数少ない椅子を取り合うゲームに参加しているかのように――細かな差異はあれど、それは僕たちが経験してきた東京における競争そして消耗とまったく同じように見えたし、「じゃあ、新しい幸福の形ってどんなのですか?」と直球で聞いてみると、「それは、正直まだ分からなくて……」と濁されてしまう。
彼らのことを、怠惰であると責めるつもりはない。一度きりの人生のうちにまったく新しい幸福のゴールや、そこに至るまでのまったく新しいルートを設定することは、たまらなく怖いに決まっている。その点、過去に多くの人を幸せにしてきたものを考えなしに繰り返せば、それなりに幸せになれるかもしれない。しかし、そういう考えのもとに昭和のモーレツ社員を模倣しようと決意し、学生時代は意識高い系ブームの中でビジコンやらインターンやらに熱を上げ、「就職先人気ランキング」みたいなものを眺めながらメガベンチャーやコンサル、あるいは広告代理店に就職していったあとは「圧倒的に成長したい」と言いながら早朝から深夜まで働く平成初期生まれの僕たちは、最終的に過労を原因とする幾つもの痛ましい事件を経験するに至った。
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