評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。
安倍元首相の銃撃事件以後、宗教と政治の癒着に注目が集まっている。その歪んだ関係が政策決定に影響を与えていたのではないかと疑われているひとつに「性」の領域がある。たとえば人工中絶。保守系の新興宗教・生長の家は中絶の廃止を訴え、統一教会はこれまで性教育の行き過ぎを厳しく批判してきた。
塚原久美『日本の中絶』(ちくま新書)によると、日本では今なお女性に負担を強いる古い術式で人工妊娠中絶が行われているという。世界標準になった安全な経口中絶薬も認可されていない。せめて避妊で不幸な中絶を回避できればいいのだが、避妊は学習指導要領の改訂で中学校の性教育から省かれた。ここにも宗教の影響が政策決定に及ぶ構図があったのではないか。
今やすっかり性後進国となった感のある日本だが、新書には読まれるべき作品がある。今井伸『射精道』(光文社新書)は、学校で十分に性を教えない中に投じられた強烈な1冊だ。「(陰茎を)パートナーの心身を傷つける凶器としないために、道徳と品格、相手を思いやる礼儀を養った上で使えるようにすること」が重要だとして武士道ならぬ射精道を提唱。儒教的な義・勇・仁・礼の精神を説明に使うのは、若者層だけでなく、保守派の耳にも入りやすいという高度の戦略性を含んでいるのかもしれない。
そもそも性とは何か。諸橋憲一郎『オスとは何で、メスとは何か?』(NHK出版新書)は性に関する最新の生物学の知見を伝える。生物のオス/メスは別個に存在するのではない。プリズムを通過した光が紫から赤までの色彩(スペクトラム)になるように、性もオスからメスまで連続的に変化するのだという。
こうした最新の「性スペクトラム」説の延長上には、自分の性をどう捉えるか(性自認)、どの性を恋愛対象とするか(性指向)といった「脳の性」もオス・メス間に広がるグラデーションの中で捉えられる可能性があるという。だとすれば、同性愛は保守派が蛇蝎のごとく忌み嫌う「異常性向」や「病気」ではなく、程度の差に過ぎないことにもなる。
今回取り上げた3冊は7月の銃撃事件後の政局を意識して即席に作られた新書ではない。それぞれ、女性が苦痛を強いられている不正義を告発し、正しい性の在り方、語り方を追求し、性を研究する生物学の最前線を紹介するという普遍的な取り組みの成果だ。だが、内容の充実した新書は、ひとたび何かが起きた時に、その事件について考える水先案内人の役を果たすという好例となろう。
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