死後の世界はあってほしい

「いま知っておくべき最新保存版」世界最高のがん治療

山崎 章郎 緩和ケア医
ライフ ライフスタイル 医療

終末期医療のパイオニアが、がんステージ4になった今思うこと(聞き手・奥野修司)

山崎章郎氏 @文藝春秋

 2018年秋、およそ30年間、緩和ケア医であった私は、がん患者さんの仲間入りをすることになった。リンパ節に転移がある大腸がんであることがわかったのだ。幸いにも腹腔鏡手術による切除が成功したが、再発予防のために抗がん剤を服用したところ、とんでもない副作用に見舞われた。それでも何とか耐えたが、経過観察のCT検査で、なんと肺の両方に複数の転移が見つかった。2019年5月、私はステージⅣになったのである。単発転移なら摘出もできるが、多発転移の治療は抗がん剤しかない。それも治癒が前提でなくなる。つまり治らないということである。セカンドライン(最初の抗がん剤の効果がなかった場合、2次治療に用いる)の抗がん剤を勧められたが、私はしないことにした。人によって残された時間に差はあるが、私は死をまぬがれないだろう。

 こう語るのは、一般病院の悲惨な終末期医療を世に問うた『病院で死ぬということ』(文春文庫)の著者である山崎章郎医師である。
 この本が世に出た30年前、たいていの病院では患者に病名を告知せず、心臓が止まっても無理やり蘇生していた。山崎さんはそうした病院死を否定し、終末期医療の在り方を大きく変えた。重視しているのは患者の尊厳だ。山崎さんは「人生の最期が平和で穏やかだからといって、尊厳があったとは言えない」という。大切なことは「その人が亡くなっていく過程を、自分の人生観や価値観によって自己決定することで人間らしく精一杯生ききること」だと。それまで勤務していた病院を離れ、がん患者が最期まで人間らしく生きるためのホスピス(緩和ケア病棟)を立ち上げた。そこの患者から「本音は家に居たかった」と聞き、医療者が患者の自宅を訪問する「在宅緩和ケア(ホスピスケア)」にたどり着いた。それが東京・小平市の「ケアタウン小平チーム」の取り組みである。山崎さんは今年で75歳。自らステージⅣのがん患者となった今、最期までどう尊厳を持って生きようとしているのだろうか。

 ステージⅣと診断されて以来、後述する「がん共存療法」にたどり着くまで、抗がん剤治療はしていなかった。再発予防のための抗がん剤の副作用が、あまりにも強すぎたからだ。皮膚が黒ずみ、手のひらの筋がひび割れて血が吹き出した。足も同じようにひび割れて歩くのも難儀になり、訪問診療も難しくなった。ギブアップして1クールは休薬したが、それでも最後まで続けたのは、これが終われば解放されると信じたからだ。半年後にようやく終えた時、「ご苦労様。終了です」という言葉を待っていたら、なんと「両方の肺に転移があります」だった。さすがに愕然として、次の抗がん剤治療を提案されたが、すぐに返事はできなかった。

 多発転移では外科手術による局所的な治療はできない。可能なのは抗がん剤治療だけだが、ステージⅣの段階で抗がん剤に期待できるのは治癒ではなく、延命だけである。延命を期待して抗がん剤を続けても、必ず薬剤耐性ができてがんは大きくなり、いずれ治療の限界が来る。私の在宅緩和ケアの取り組みの経験から言えることは、治療の限界になった時から亡くなるまで、半数の人は約1か月しか残されていないということだ。こんなことならもっと早い段階で治療をやめておけばよかったと後悔する人も稀ではない。

最善は患者自らが決めること

 もう治らないのに、あの耐え難い副作用を再び経験して、たとえ命が1年2年延びたところで命の質はどうなるのだろう。抗がん剤はエビデンス(科学的な根拠)のある最善の治療かもしれないが、最善とは生き方を含めて、患者自らが決めることではないか。治癒が期待できないのなら、限られた時間をどう生きることが自分にとって悔いのない人生になるのか。私はそんなことを考え始めていた。

 抗がん剤をやめて1か月ほどすると副作用が抜けてすっかり元の生活に戻った。抗がん剤治療を受けても受けなくても、次第に悪化して最後の時間が必ずやって来るなら、普通のことができるこの生活を大事にしながら、いずれ悪化していく日々に備えよう。そう考えた私は、主治医に勧められたセカンドラインの抗がん剤をお断りした。

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source : 文藝春秋 2022年12月号

genre : ライフ ライフスタイル 医療