米国・フロリダで開催されたU-18野球W杯で3位に輝いた高校日本代表を指揮したのは、高知・明徳義塾監督の馬淵史郎だった。悲願である初の世界一には届かなかったが、大会後、「日本の野球が通用することは証明できた」と総括してみせた。
甲子園の歴史上、最も嫌われた監督が馬淵だろう。無論、それは1992年夏、星稜(石川)の松井秀喜(元巨人ほか)に対する5打席連続敬遠に端を発する。スタンドからメガホンが投げ込まれ、勝利した馬淵とナインは「帰れ」コールを全身に浴びた。
「わしも若かった。あんだけの騒ぎになるとは予想しとらんかった。ただし、わしは野球のルールを犯したわけやない。勝つ可能性の高い作戦を採ったまで。野球用語は『盗塁』とか『刺殺』など、不謹慎な言葉が使われている。その中でキレイな言葉といったら『敬遠』ぐらいのもの。選手を敬うから敬遠なんや」
10年ほど前だったか、馬淵のこの言葉を聞いて妙に得心したことを覚えている。以来、甲子園のお立ち台インタビューでは最前列に立ち、歯に衣を着せず、まるで坊主が説法でもするような馬淵の言葉に聞き入った。かつて「60になったらきっぱりこの世界を去る」と嘯(うそぶ)いていたが、66歳となった現在もグラウンドに立ち続けている。
そんな馬淵が窮地に立たされた時期もあった。直近では2018年秋から翌年春にかけて、中高一貫校である明徳義塾の中学校の選手たちが、高校進学を前に大量に明徳を離脱したのだ。辞めた選手の中には“スーパー中学生”と持て囃された選手や、のちにプロ野球入りした選手もいた。彼らの入学を心待ちにしていた馬淵のショックは計り知れなかった。
「隣の芝は青く見えるんやろうね。選手を鍛え上げて強くするのではなく、素材の良い選手を集めたところが甲子園で勝つ。高校野球が面白くなくなってきておる」
将来を有望視された中学生は、甲子園出場の可能性だけでなく、プロになれるかどうか、いやプロで活躍できる指導を受けられるかどうかで進学先を選ぶ。故に、大阪桐蔭や東海大相模、横浜といった実績のある学校に集中しているのが現状だ。
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source : 文藝春秋 2022年11月号