生涯にわたり旅を続け、近代化で忘れられていく日本の姿を記した宮本常一(1907〜1981)。民俗学者の神崎宣武氏は、武蔵野美術大学在学中から宮本民俗学に師事した。
宮本先生に初めて会ったのは、昭和39年。週刊読売の記事を一読、「先生らしくない顔をした面白そうなおじさんだ」と、着任したばかりの研究室を訪ねた。先生は「いいところへ来た」と言わんばかりに喋りまくり、私が岡山の神主の倅だと聞くと各地方の神主の拝み方の違いを熱弁した。何度か通ううち、「あっちへ行こう」「こっちへ行こう」と連れ出され、終いには「就職なんてやめて、歩け」。成り行き任せの私は先生にすっかり惑わされたのだ。
「咳払いや笑い声以外は全部書け」調査では後ろでひたすらメモを取った。漢字では追いつかないから、全てカタカナでと教わった。
先生は、相手の話すことに従ってひたすら時間を費やす。項目だけ聞き取るような方法には懐疑的だった。
「爺さんたちから話が聞けるのは、軍隊時代の苦労話や自慢話が済んでからだ」「婆さんたちから話を聞くのは、息子の自慢が出た後だ」と。じっくり時間をかけることが難しくなってきた時代だからこそ、私に強く言ったのだろう。
「決して主流になるな。傍流であればこそ状況がわかる」とは、パトロンとして宮本民俗学を支えた渋沢敬三さんの教えだ。実際、生涯のほとんどを肩書きを持たずに過ごした。私には、「民俗学は落穂拾いだ」「選り好みをするな」「田舎のエリートになるな」「とにかく歩け。歩かなければ本を読め」と繰り返した。
晩年に取り組んだのは、「日本文化の形成」と「海からみた日本」。日本人とはどういう民族か。考古学や文化人類学に広がる壮大な考察は、未完に終わっている。不肖の弟子の手には負えなかったが、残された断片は時代を経て繋がると信じている。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2023年1月号