片山 フランスの歴史人口学者・家族人類学者であるエマニュエル・トッドさんが、この度、『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』(上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか/下 民主主義の野蛮な起源、文藝春秋)の刊行に合わせて来日されました。ホモ・サピエンスの誕生からトランプ登場までの全人類史を「家族」という視点から描く壮大な歴史の本ですが、トッドさんの研究のすべてが凝縮された集大成と言える作品ですね。
本日は、佐藤さんとともにトッドさんを囲んで、この本を土台にしながら現在の状況を読み解き、今後、世界がどうなっていくのかを考えてみたいと思います。
トッド せっかくの機会なので、ここでは日本的な礼節はなしにして、拙著へのご批判も忌憚なくおっしゃっていただければと思います。
歴史の分水嶺
片山 ご著書を拝読して深く感銘を受けました。過去の歴史から、現代世界の混迷の由来がおのずと見えてくる内容だからです。民主主義が試練を迎え、アングロサクソンによる覇権も揺らぎ始めた世界の今後を考える上で、さまざまな知見が詰まった本だと思いました。
本書の最大のテーマは、「英米世界が18世紀以降の世界史をリードしてきたのはなぜか?」ですね。結論を駆け足で要約すれば、その鍵は、英米の「核家族」――トッドさんは、従来の歴史観をひっくり返して、これまで「最も新しい」と思われてきた核家族が、実は原初のホモ・サピエンスと同じで「最も原始的」だと指摘しています――にあって、「最も原始的な家族構造」であるがゆえに「最も先進的な社会」を築き上げたという、とても興味深い歴史のパラドックスが描かれています。
原書の出版は2017年ですが、現在のウクライナ戦争を理解する上でも、5年前の本とは思えないほど示唆に富んでいます。ただ、日本での出版に際して今回新たに付された「日本の読者へ」と「日本語版へのあとがき」を読むと、原書刊行時にトッドさん自身が英米世界に抱いていた期待が幻滅に変わっていますね。この本を手に今の世界を眺めると、「自由な個人」を基盤とする核家族的な英米主導の文明も、いよいよ行き着くところまで行ってしまい、いま我々は、歴史の分水嶺というか、とても危うい地点に立っている、という思いに囚われます。
ウクライナ戦争をめぐって、「西洋の民主主義陣営 VS 中露の専制主義陣営」という語り口が常套句となっていますが、「専制主義陣営」を「西洋より遅れたもの」とする西側の一般的評価に対して、トッドさんは、少なくともロシアに関しては、異なる見方をしています。「ロシア恐怖症」「ロシア嫌い」に囚われた西側メディアが見落としてきたのは、ロシアが、ソ連崩壊後の危機的状況から見事に立ち直り、社会として安定に向かっていることで、それは乳幼児死亡率などの人口統計にはっきり現れている、と。その上で、「ロシアの復活」の背後にはロシア特有の家族構造がある、と指摘しています。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2023年1月号