伊勢ヶ濱部屋の稽古場。激しい朝稽古後に、かつてケガをした左膝や左肘を入念に冷やし、体のケアに余念のない錦富士の姿があった。
「ずっと安美錦関(現安治川親方)の付け人として、その姿を見ていて、見習うことしかありませんでした」
満身創痍の体で40歳まで土俵に上がり続けた元関脇安美錦を、錦富士は今も仰ぎ見ている。近畿大学を2年次で中退し、2016年9月に前相撲を踏んだ。序ノ口、序二段と連続優勝を果たすもののケガもあり、三段目、幕下と約4年のあいだ足踏みをする。2020年9月に新十両、21年3月に再十両。入門以来、同郷の錦富士に目を掛け続けた安治川親方は、「お前はこんな地位にいる相撲取りじゃないぞ」と発破をかけてくれたという。普段は明るくおしゃべり好きな好青年だが、稽古の厳しさに定評がある伊勢ヶ濱部屋のなかでも、稽古熱心さが際立つ。184センチ148キロの体はけして大きくはないが、持ち前のスピードで立ち合い鋭く当たり、キレのよい相撲っぷりは見るものにも気持ち良い。
2022年は、存在感を示した1年だった。五月場所に十両優勝、翌七月場所に新入幕で10勝し、敢闘賞を受賞。続く九月場所も10勝を挙げた。うるさ型の親方衆も「錦富士は場所ごとに強くなっている」と注目しているなか、1年納めの十一月場所は9勝に終わった。
「もうひとつふたつ勝てたのではないか、と思うところもあったけれど、この1年間は自分が今までコツコツとやってきたことの結果が出て、自信にもなりました」
そう力強く言い切る。22年は、毎場所優勝力士が異なる稀有な1年だった。自身も優勝争いに絡んでいたのだが、「結局は印象に残らずに、爪あとは残せませんでした。23年の目標は、三役に定着して優勝を狙うことです」。
参謀役として日々アドバイスをくれていた安治川親方は独立して部屋を興し、今、稽古場にその姿はない。
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source : 文藝春秋 2023年2月号