なぜ、年端も行かない少女が―
〈野も山も実りの九月十九日 北斗七星ソ領で眺む〉
阪東秀子という名の少女がシベリアに抑留された日に詠んだ歌である。彼女はこのとき15歳だった。
抑留? 年端も行かない少女が? と疑問に思う前に、女性がシベリアに抑留されていたこと自体に驚く人もいるだろう。
シベリアに抑留された女性たちの存在を私が知ったのは、2014年にNHKで放送されたドキュメンタリーによってである。本書の著者はその番組のディレクターで、当事者の女性たち29人に直接取材して証言を引き出すとともに、日本とロシアで未発表の資料を発掘した。本書ではさらに取材を深め、ほとんど知られていなかった実態を詳細に明らかにしている。
ソ連と国境を接する満洲の軍都、佳木斯(ジヤムス)の第1陸軍病院に、150人の少女が看護の補助を行う挺身隊として動員されたのは、昭和20年7月のことである。冒頭の歌を詠んだ少女は、「菊水隊」と名付けられたこの隊の1人だった。
動員からわずか1か月後、ソ連軍が満洲に侵攻。少女たちはいったん家に帰って家族と面会することが許されるが、その際、部隊長から傷病兵の看護のためにできれば戻ってきてほしいと告げられる。150人のうち75人が、「お国のために」と病院に戻ることを選んだ。
部隊と行動をともにした彼女たちは、ソ連兵に「ダモイ(帰国)」と言われて船に乗せられる。だがそのままシベリアに連行され、収容所で厳しい労働の日々を送ることになる。
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source : 文藝春秋 2020年4月号