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森下香枝という記者の凄み

編集長ニュースレター vol.13

新谷 学 (株)文藝春秋 取締役 文藝春秋総局長
ニュース 社会 政治

 いつもご愛読いただき、ありがとうございます。

 3月号には現役の朝日新聞記者の名前が2か所出てきます。しかも同一人物。

「森下香枝」。巻頭随筆では、元「週刊朝日」編集長として、創刊101年目の休刊に寄せて、虚脱感、寂しさ、悔しさを綴っています。

 そしてこの森下さんは、清武英利さんの連載「記者は天国に行けない」の今月号の主人公でもあるのです。題して「メディア渡世人」。彼女の記者としての振り出しは大阪日日新聞というローカル紙でした。そこのサツ回りから、大阪の日刊ゲンダイを経て、「週刊文春」にやってきて、その後、朝日新聞に移ったわけです。

 森下さんの「週刊文春」時代の代表的な仕事の一つが、神戸連続児童殺傷事件の犯人「少年A」の手記。当時、私は「週刊文春」記者で、この事件については2週連続でトップ記事を書き、いずれも完売していました。移籍後まだキャリアの浅い森下さんは、繰り返し編集長やデスクに、自分も取材班に加えるように迫っていました。

 正直に告白すれば、記者としていささか調子に乗っていた私は、それを伝え聞いても「森下がナンボのもんじゃい」とタカをくくっていました。ところが――。くわしくは清武さんの連載に譲りますが、私の鼻は木っ端みじんに砕け散ったのです。「記者として森下に絶対に勝てない」と思い知らされました。

 今回、清武さんに連載をお願いする際、「いま失われつつある、ギラギラして前のめりな特ダネ記者の息遣いを記録してほしい」と伝えました。イデオロギーに関係なく、一つのファクトを突き詰めるため、どこまでもしつこく追いかける。長いものに巻かれず、力の強い者に無理やり頭を押さえつけられそうになったら、思いっきり噛みつく記者たちのことを。

 清武さんにはもちろん森下さんを紹介しましたし、連載第10回に登場する「赤旗事件記者」山本豊彦さんもその一人です。二人とも間違いなく清武さんは気に入るだろうと思いましたし、案の定そうなりました。私は二人に、読売新聞きっての特ダネ記者だった清武さんと同じ匂いを感じていましたから、至極当然の結果ではあります。

 ちなみに清武さんの比喩表現はいつも独特で、山本さんのことは「前沖縄県知事の翁長雄志に似ていて」、森下さんのことは「癖の強い、山猫のような顔」と書く。

 それで思い出したのですが、森下さんには幼少期に土佐犬と一緒に育てられたという「伝説」があります。猫ではなく犬です。発信源は私で、彼女に「小さい頃、悪いことをすると親に土佐犬の檻に入れられた」と聞いたのを面白おかしく編集部で語っていたのです。

 何年か前、他メディアの取材で、森下さんと一緒になった際、私が性懲りもなく「土佐犬伝説」を紹介すると、彼女は口を尖らせて、こう言いました。

「違いますよ。土佐犬に似た赤い鼻の犬ですよ」

 やっぱり森下さんには敵いません。

 文藝春秋編集長 新谷学

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

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