東京オリンピック開会式をめぐる騒動で日本でも「キャンセルカルチャー」が知られるようになったが、アメリカではリベラルな知識人が左派(レフト)からキャンセルされている。その理論的な背景を説明するのが『「社会正義」はいつも正しい』で、フーコーやデリダなど、日本でも80年代に流行したフランスのポストモダン哲学がアメリカに移植されて奇妙に変容し、「SJW(社会正義の戦士)」の理論になったと論じる。
『ガリレオの中指』のアリス・ドレガーは科学史家で、性器異常などインターセックス(性分化疾患)の乳幼児への強制治療に反対するアクティビストだが、トランスジェンダー問題では、「不適切」とされる理論を唱えた学者を擁護したことでキャンセルされる側に立たされた。その不条理な体験から、いまやアメリカ社会では、かつて教会がガリレオを弾圧したのと同じような言論の封殺が行なわれていると警告する。
『傷つきやすいアメリカの大学生たち』は、アメリカの一流大学で広がる「反知性」の風潮を批判して話題になった本。SNS世代の学生たちは感情を傷つけられることを過度に恐れ、大学はポリコレ(政治的正しさ)に反しないよう細心の注意を払って運営されているという。
左派の批判的人種理論では、思想信条や個人的な経験にかかわらず、白人は生まれたときから「レイシスト」だとされる。『ナイス・レイシズム』では、多様性プログラムのトレーナーである白人女性の著者が、白人=レイシストという「不都合な真実(とされているもの)」に耐えられないナイス(善良)でリベラルな白人の無意識差別を告発する。8割は同意できないが、白人の傲慢さへの批判など2割は共感できた。
わたしたちはみな、すこしでも幸福になろうと努力している。これを当たり前だと思うだろうが、人類の数百万年の歴史のなかで、「幸福」が人生の目標とされたのはせいぜいこの100年のことだ。『ハッピークラシー』は「幸せの専制」のことで、幸福の価値があまりに高くなったことで、ポジティブ心理学や自己啓発のような「幸せ産業」が勃興し、かえって幸福を毀損していると論じる。
遺伝子のコードをワープロのように編集する「クリスパー・キャス9」は、生命の歴史を変える可能性がある驚異的なテクノロジーだ。『コード・ブレーカー』は練達の評伝作家が、ノーベル賞を受賞した女性分子生物学者ジェニファー・ダウドナを中心にこの科学革命を描く。奇しくもコロナ禍に遭遇したことで、最先端の遺伝工学の現場が臨場感をもって伝わってくる。
生命テクノロジーがとてつもないスピードで進歩すれば、それを利用して夢をかなえようとする者が出てくるのは当然だ。『セックスロボットと人造肉』は、女性科学ジャーナリストが生命科学の現場を取材。妊娠せずに子どもをもつことができる生殖医療(体外発生)は女性を解放するが、男にとっても、子どもをつくるのに女が不要になると指摘する。
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source : 文藝春秋 2023年4月号