二月十五日に起きたロシア、チェリャビンスク州の隕石落下事件には驚いた。何にいちばん驚いたかというと、アッという間にYouTubeにあふれた目撃実写映像のすごさだ。「イヤーこれはすごい」と思わずウナるような映像が次々に出てくる。まるでプロのTVカメラマンが車を走らせながら撮った追いかけ映像さながらだ。
つくづく時代は変ったと思う。いまや大事件が起きれば、すぐにリアルタイムの記録映像がネットにあふれる時代なのだ。それにくらべて約百年前(一九〇八年)にシベリアの奥地で起きたツングースカ大爆発は、今回の爆発の何十倍も大きな爆発だったというのに(チェリャビンスクはヒロシマ原爆三十三発分。ツングースカはヒロシマ千発分。十メガトン級)、リアルタイムの記録がひとつも残らなかった。シベリアの山奥の人跡未踏の地であったため、目撃したのは原住民エベンキ族と無数のトナカイ(数千頭が焼け死んだ)だけだった。文明人がはじめてこの地に入り、大爆発の痕跡をたどって貴重な組織的記録を残したのは、爆発二十年後のレオニード・クリック(全ソ隕石委員会)の調査団を待たねばならない。彼は六次にわたる調査団を組織し、沢山の写真と映画を残しているが、それはまことに驚嘆すべき映像である。気が遠くなるほど広大な土地(二千平方キロ。ほぼ東京都の全面積)の樹木が一斉に同じ方向を向いて根こそぎにされて倒れている。倒木をマップ上にトレースしていくと、蝶の形になったので、それはツングースカバタフライと呼ばれた。数十万本の倒木を丹念に調べて倒れ方から逆算すると、「直径百メートルくらいの隕石が方位角百十五度、仰角三十五度で秒速三十メートルくらいで突っ込んできて、爆心地付近の高さ七千メートルの地点で爆発すると、倒木が本当にバタフライ状にならぶということが、シミュレーションの結果わかりました」と当時調査にあたったゾートキン博士はいっている。
私は、一九九九年に現地を訪れ、ヘリコプターで空中から、この不思議な大爆発跡を見た。テレビ番組(TBS21世紀プロジェクト「ヒトの旅、ヒトへの旅」二〇〇〇年一月三日放送)を作るためだった。二十世紀から二十一世紀への移行にあたって、二十世紀に起きた一番不思議な事件の現場に立ってみようという企画だった。
それは確かに何ともいえず不思議な光景だった。大爆発から百年近くたつというのに、そのとき根こそぎにされた倒木が、昔のままに倒れている。倒れた木は、シベリアのような酷寒の地では、それ以来、そこに死んだまま横たわっているのだ。見わたすかぎりそれが延々とつらなっている。それが大爆発のとてつもない大きさをよく物語っていた。
この爆発で不思議だったのは、はじめ学者たちが、これは巨大な隕石落下による大爆発にちがいないと推測して調べはじめたのに、いくら探しても、隕石が見つからなかったことだ。隕石は、しばしば、大気圏突入時に割れてしまう。九六年につくば市に落ちたつくば隕石は、二十三個に割れたし、一九〇九年に岐阜市、美濃市などに落ちた美濃隕石は二十九個に割れている。あまりに多数に割れた場合には、隕石シャワーなどと呼ばれたりする。
ツングースカの場合、それ以前の問題として、一つ二つとかぞえられる隕石めいたものが、そもそも見つからなかったのである。爆心地は、すぐにわかった。爆心地周辺の倒木は皆横なぐりの爆風で吹き倒されて横たわっていたのに、爆心地の樹木は、幹の部分がまるで電信柱のように、スッポリそのまま残っていた。爆風が真上から真下に吹いたため、幹の部分だけ風圧に耐えて生き残ったのだ。
隕石は恐らく地中にめりこんだのだろうと推測してその周辺一帯を、深さ四メートルまで掘り下げてみたが、隕石らしいものはついに出てこなかった。一九二八年から三〇年にかけては、荷物運搬用の馬ソリだけで、五十一台も動員し、ボーリング、ドリリング、大型ポンプなどの重機類と磁気探査装置を持ちこみ、その周辺一帯を徹底的に調査した。浅い沼地や泥炭地は溝を切って水をかい出し、深い沼は潜水夫が潜って調べた。幾つかの狙いをつけた地点では深さ三十メートルまでボーリングを行い、ボーリングマシーンがこわれるところまで掘ったが、隕石ないしそれを思わせる物質は何も見つからなかった。磁気探査や、化学的分析も、成果がなかった(五〇年代以後イリジウム検出説もある)。
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source : 文藝春秋 2013年4月号