『自助論』が説く共助・品格・信頼関係『西国立志編』サミュエル・スマイルズ

ベストセラーで読む日本の近現代史 第7回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
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 日本のベストセラーの歴史について語るときに、絶対に外すことができないのがサミュエル・スマイルズ著、中村正直訳の『西国立志編』(1871年)だ。訳者の中村正直は、1832(天保3)年5月26日に江戸の麻布で同心(幕府の下級武士)の家に生まれた。昌平坂学問所で儒学、蘭学、英語を学ぶ。1866(慶応2)年、幕府は旗本など幹部の子弟を英国に留学させた。その監督役の一人に正直が選ばれた。しかし、大政奉還がなされたため、留学は中断し、一行は1868(明治元)年6月に帰国する。親しくしていた英国人のフリーランドから餞別にもらったのが、本書の原本となる『Self-Help(セルフ・ヘルプ、自助論)』だった。

〈敬宇(引用者註*正直の号)は帰国の船の中で、この本を手を離す間もないほど愛読し、読み直すこと数回、ついに半分ぐらいは暗記するに至ったという。この本の中に敬宇は、あの堂々たるイギリスの人間たちを作り出す秘密を発見したと信じたのである。この本を訳すことは、わが国の青年に生き方を教えることであり、これがお国のためだと思われた。(略)『西国立志編』が世に出たのは明治四年七月、敬宇が四十歳の時である。/この本が一度世に出ると、当時の日本で総計百万部は出たといわれるほどの売れ行きを示した。維新は成功したが、具体的な生き方の方針がまだ明らかでなかった日本人にとって、それは儒教に替わりうる道徳と思われたのである。〉(渡部昇一「中村正直とサミュエル・スマイルズ」『西国立志編』講談社学術文庫、1981年)

 本書は、福沢諭吉『学問のすゝめ』(1872~76年)と並ぶ明治初期の大ベストセラーである。正直は、東京帝国大学教授、貴族院議員などをつとめ、1891(明治24)年6月7日に没した(享年59)。

 

 言語は時代とともに変化する。正直の言葉は21世紀の日本人にはわかりにくい。そこで予備校のカリスマ日本史講師として有名な金谷俊一郎氏(1967年生まれ)が『西国立志編』を現代語にした。原文の格調を生かしつつ、若い世代にも理解できるわかりやすい文に翻訳している。明治・大正期の優れた古典を現代語に翻訳する作業は、日本人の教養の水準を底上げするために有益と思う。

 正直は、本書を日本人に紹介する意義についてこう述べる。

〈私が本書を訳すにあたり、こう問いかける者がいた。

「あなたはなぜ、兵学書を訳さないのか」

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source : 文藝春秋 2014年4月号

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