今年は、年初めから世界中で不穏なことばかり起こって、おそらく年内は世界中が右往左往する状態になることでしょう。とは言っても難民に押し寄せられてアップアップしているヨーロッパとか、何やら正体のわからないミサイルをぶっ放している北朝鮮とか、我々庶民にはどうしようもない事件で政府に任せるしか仕方がないんです。
しかしこうしたニュースが届くたびに我々までが右往左往していては、精神的に参ってしまう。だから精神バランスを取るために何ができるかといえば、結局は一人一人が自分でできることをするしかない。
それで今回は、その気になりさえすれば、われわれ誰もが手軽にできることを、日本の皆さんに提案したいんです。それは前々から帰国のたびに感じていたことですが、「おもてなし」という言葉に対する違和感から思いつきました。最近は、外国からの観光客が増えて、これは日本にとっていいことであるのは当然ですが、でも日本には「おもてなし」があると胸を張られると考え込んでしまうんですね。まるでアラビアン・ナイトのおまじないみたいに、唱えるだけで外国人みんなが喜んでくれるという感じがしてしまう。
日本を訪れる観光客は二つに大別されると思います。第一は、団体を組んでやって来て爆買いを楽しむ人たち。第二は、友人や家族だけで小さなグループを組んで来る人たち。
第一のグループに関しては、これはもう旅行会社の仕事で、彼らに任せておけばいいこと。だけど、第二のグループに関しては、単なるおもてなしでは十分とは思えない。社会的に言えば、このグループに属する観光客はヨーロッパやアメリカの中流の人たちだから、大金持ちではないけれど、それだけに知的好奇心が強く日本を知りたいと思って来る人たちなんですね。買い物もするけれど、買い物に熱中する人たちではなくて、日本の置きをコレクションするようなお客さん。ちなみに日本の置きはなかなかのものだと思う。丁寧に出来ているだけではなくてユーモアがあります。
この種のリピーターになる可能性がある外国人に対して最も効果のあるおもてなしとは、一泊が十万円近くもする高級旅館でのそれなりに素晴らしいサービスを提供することではないと思う。まずもって彼らはそんなお金は持っていないし、プライベートでこれほどのお金を使う気になる人々でもありません。
ではどんなおもてなしがこの人々に満足を与えることができるでしょうか。それは私が思うには、「ありがとう」「どうぞ」「どういたしまして」という三つの日本語を活用することです。なぜかというと、日本に関心を持って旅行に来る外国人は、われわれだってそうであるように、その国の言葉を習うとうれしくなる。だからこの三つの日本語も、英語とかフランス語とか中国語に直す必要はない。堂々と日本語で言えばよいのです。
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source : 文藝春秋 2016年4月号