──算聖と呼ばれた大天才
内村鑑三による『代表的日本人』のひそみにならい、五名ないし六名を選びその人物について述べてみるつもりである。代表的日本人を五人選ぶと言っても、主観的だから人それぞれに異なり、二人の人の選択が一致することなどないほど千差万別であろう。主に好みにより私が選んだのは関孝和、柴五郎、上杉鷹山、河原操子、福沢諭吉などである。日本人らしい日本人、すなわち勇気、正義感、創造性、郷土愛と祖国愛、そして何より惻隠の情などを中心に人物を選んだつもりである。第一回は私の尊敬する江戸の数学者関孝和である。
「西暦五〇〇年から一五〇〇年にいたる十世紀間、万葉集を初めとする日本の文学は隆盛を極めた。この十世紀間に全欧米で生まれた文学を質および量で圧倒している」、と私はかつて『国家の品格』の中で書いた。
実際、その期間、アメリカは歴史の舞台に登場していなかったし、ヨーロッパでは小さな土地を巡って王侯間の抗争が続いていた。ギリシャ・ローマを忘却したヨーロッパは、無知と貧困の渦巻く蛮族の地に過ぎなかった。
無論数学のレベルも低かった。ローマ数字を使っていたから、筆算すらできるはずはないのだ。専門家ですら十一世紀、十二世紀になって、√2が有理数か無理数か、すなわち分数で表せるか表せないかを議論していた。ピタゴラスなどが活躍していた古代ギリシャでは無理数であることが分かっていた。文明は着実に進歩しても、文化は退歩することがある、という典型例である。ちなみに中世において数学に関してはビザンチン帝国、ペルシャ、インドなどが優れ、十三世紀になると、東西を股にかけた知的交流のお陰で元(げん)の数学が世界のトップクラスとなっていた。
一方、「世界水準で見て、日本の文学は古くから隆盛を極めていたが、数理の方面はまるで見るべきものがなく、明治維新になり欧米に教えられ、やっと発達し始めた」と思っている人が多いようだ。確かに明治維新になるまで、我が国に物理学や化学はほとんど存在しなかった。
「日本人に尊敬されるには数学を」
しかし数学に関しては事情が異なる。江戸初期に突如、偉大なる発達が始まった。関孝和という天才の出現による。
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source : 文藝春秋 2023年8月号