半藤さんの机

林 美和 昭和館学芸部
エンタメ 読書 歴史

 昭和史研究家として活躍なさっていた半藤一利さんと初めて話す機会を得たのは、2018年11月、半藤さんが団長をつとめる歴史探偵団に私が参加した時であった。

 歴史探偵団とは、酒を酌み交わしながら、昭和史研究のスペシャリストたちが自由に楽しく議論を交わす場である。半藤さんは聞くことに徹している様子であったが、時折ウィットに富んだ返しをされていて存在感を放っていた。歴史談義を楽しむ人生の先輩たちによる会合は、知的好奇心に満ちた空間であり、私はただ圧倒された。

 最後にお会いしたのは2019年2月、私が現在勤めている昭和館(東京・九段下)でオーラルヒストリーを撮影した時であった。昭和館は1999年に厚生省(現・厚生労働省)が設置した、戦中、戦後の国民生活上の労苦を後世代の人々に伝えていくことを目的とした施設である。半藤さんは日中戦争期に小・中学校に通い、戦後復興の担い手になる世代であるため、オーラルヒストリーの話者として白羽の矢が立った。

 撮影の際、半藤さんは少年時代を描いたイラストを持参し、向島での悪ガキ時代、東京大空襲、新潟県長岡市での疎開生活について、独特のタッチで表現したペン画を用いて分かりやすく説明してくれた。その緻密なイラストがとても印象的で、半藤さんの多才さに思わず感心した。一方で、空襲により向島の生家が焼けてしまったからこそ、当時の様子を写真ではなくイラストで表現し説明する必要があったことにも気付かされた。

 この撮影では、戦中の体験を中心としたインタビューに終始したため、文藝春秋の編集者として、作家として昭和・平成を駆け抜けた半藤さんの活躍にまで迫ることはできなかった。私はそのことを遺憾に思っていた。

 2021年1月12日、半藤さんがお亡くなりになったことで、話を聞くことはできなくなったが、予期せぬ出来事で「心残り」と向かい合う機会を得た。昭和館に半藤さんの遺品整理に関する話が舞い込んだのである。

 半藤さんの自宅内にある仕事部屋はおもに2ヵ所。約9平米の小さな書斎と地下書庫があり、あれほどの膨大な著作を残した作家とは思えないくらい、コンパクトな空間だった。大量の本や印刷された資料が不規則に積まれており、お世辞にも整理整頓された空間とはいえなかった。

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source : 文藝春秋 2023年8月号

genre : エンタメ 読書 歴史