著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、宮西達也さん(絵本作家)です。
今から二十年前に、七十四歳で父は亡くなった。膵臓癌だった。
父は熱海で、旅行関係の仕事をしていた。一九七〇年代の熱海は大人気で、父は、夜十二時を過ぎなければ帰ってこなかった。仕事が大好きで、人が大好きな父は、いつも一生懸命だった。週末は熱海の旅館が全て満室になり、泊まれなくなる観光客もいた。特に外国の人は、途方に暮れていた。そんな困っている外国の人を、父は家に連れてきた。母は、バタバタと布団を干し、客間を掃除し、買い物に出かけた。家の客間は、旅館のような作りで、やって来た外国の人は、床の間の日本人形を見て「オー! ビューティフル!」。天ぷら、煮魚、刺身、一人用の鍋物などなどまるで旅館の料理に、外国の人は「オー! ワンダフル! デリシャス!」。お風呂には入浴剤、脱衣所には、タオル、歯ブラシ、浴衣。風呂上がりには、冷たいビール。ノリの効いた浴衣姿の外国の人は、ビールを美味しそうに飲み干し「オー! ハッピー!」。
アメリカ人、韓国人、カナダ人、フランス人、イタリア人……いろんな国の人を、父は連れてきた。そして、楽しそうに外国の人と話していた。と、言っても、父は英語がペラペラなわけではないが、単語を並べ、身振り手振りでちゃんと通じていた。そして、僕を呼び「達也、ちょっとお前も話してみろ」。僕は、ドキドキしながら「マ、マイ ネーム イズ タツヤミヤニシ……えーと、ファット タイム イズ イット ナウ?」。
もちろん、外国の人からお金なんて受け取らない。そして、何日か過ぎると、泊まっていった外国の人達から手紙が届いた。父は、その手紙を辞書を引きながら、嬉しそうに読んでいた。
父が膵臓癌で入院した時、僕は父の看病をしながら横で絵本をかいていた。父が「次はどんな絵本なんだ?」と聞いた。
「『おまえうまそうだな』の続編だよ」と答えると、痛みを堪えて優しく言った。
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source : 文藝春秋 2023年10月号