怖ろしい時代の予感

菊池寛アンド・カンパニー 第25回

鹿島 茂 フランス文学者
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「主義や主張などのない眞の愛國運動を、やつて見たい」

「文藝春秋」の昭和12年から15年にかけてのバック・ナンバーをまとめて読んでいるが、日本にとって、また「文藝春秋」にとっても、ポイント・オブ・ノーリターンとなったのは昭和13年1月から2月にかけての2つの事件、すなわち1月16日に近衛内閣によって発せられた「爾後国民政府ヲ対手トセズ」の声明と、2月1日に大内兵衛・有澤廣巳、脇村義太郎を始めとする教授・評論家13名が逮捕された「教授グループ事件」であったとつくづく思う。とりわけ、「教授グループ事件」のショックが大きかった。それは戦後に文藝春秋の社長となる池島信平が残した回想録『雑誌記者』(中央公論社)に明らかである。

戦後、第3代社長となった池島信平 ©文藝春秋

「雑誌記者になって初めてのショックであった。(中略)これらの教授たちが検挙されたのは如何なる理由によるのであろうか、私には到底、彼らが留置場にブチ込まれるようなことをしたとは考えられなかった。ただ感じられることは、怖ろしいファシズムの跫音が、とうとうわれわれの仕事のすぐ隣りまで来たということであった。正確にいえば、私たちの仕事のなかへ入って来たというべきであろう。

 これからくる怖ろしい時代の予感に暗澹たる思いがした」

内部の敵のやり切れなさ

 だが、池島が「怖ろしい時代の予感」と感じたのは外部からの脅威よりも、むしろ内部からくる脅威だった。

「この教授グループ事件以来、急速にジャーナリズムは変貌を遂げたと思う。みずから新時代便乗のポーズをとる人が急速にふえてきた。私の同僚などでも、『これで新しい時代が来たよ』と広言した人のいるのを見て、愕然としたものである。いままで自分とおなじような考えをもち、おなじコースにあるものと思っていた人が或る瞬間からガラリと変った言動をする。(中略)これはあらゆる時代の変革期に人が経験することであるが、きのうまでの仲間と思っていた者が突如として敵に回るわけである。わたくしは、みだりに人を敵という言葉で呼びたくないが、敵という言葉を実際に遣うのは相手方である。『自由主義は敵だよ。古いぞ』という一言で片附けられ、新しい ? 時代が強引に是認されてしまう。(中略)

 自分自身にやり切れなさと虚無感をもたせるのは、外部のこういう変化ばかりでなく、むしろ同僚や社の内部に起った精神的断層である。外の敵に対してはわれわれは比較的容易に堪えられるが、内部に起った異和感に対してはタマらないのである」

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source : 文藝春秋 2024年1月号

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