創刊15周年

菊池寛アンド・カンパニー 第23回

鹿島 茂 フランス文学者
エンタメ 社会 メディア 昭和史

「治にいて乱を忘れず。栄華の日に衰亡の端が始まる」

 戦後生まれの人間は、昭和6年の満州事変勃発以来、戦前はずっと暗い閉塞的な時代が続いていたと思いがちだが、これは完全な誤りである。昭和10年前後には満州開発への財政投入もあって景気は回復し、格差の拡大はあったものの、都市型ライフ・スタイルが定着し、都市の民衆はそれなりに消費生活を楽しんでいた。

 これをよく表しているのが、ほかでもない「文藝春秋」の目次である。たとえば、昭和9年、10年の目次を眺めていると「少壯軍人政治家對時局座談會」(昭9・1)、「三井財閥總批判座談會」(昭9・3)、「六大新聞記者に言論の自由と壓迫を聽く座談會」(昭9・6)、「満洲國を語る座談會」(昭10・4)といった時代の逼迫を示すテーマが目につくいっぽう、「圍碁將棋座談會」(昭10・3)、「山の座談會」(昭10・7)、「世界の盛り場を語る座談會」(昭10・9)、「ユーモリスト座談會」(昭10・12)、「スキーヤー座談會」(昭11・1)といった趣味や軟派系のテーマも頻繁に登場している。つまり、時局に関係なく自分の生活をエンジョイし、趣味や娯楽に生きたいという願望が、「文藝春秋」のインテリ大衆読者層にも拡大してきていたのである。

 これは、「生活第一、芸術第二」をモットーとする菊池寛自身の生活の反映でもあった。勝負事は囲碁将棋から始めてポーカー、麻雀、競馬とひと通りこなし、麻雀では昭和9年3月17日、自由主義的言動が当局の忌諱に触れたのか賭け麻雀で甲賀三郎や女優の飯田蝶子らと検挙されたこともあった。競馬は自ら馬主となり、競馬書の古典となる『日本競馬読本』(モダン日本社)を昭和11年に著している。

「これは競馬の入門書であり競馬哲学の書である。馬券の買い方から、勝馬予想、レースの解説、血統論、コースの解説などの実践的体系的な叙述から馬券の哲学までを論じている」(『新潮日本文学アルバム 菊池寛』)

 競馬への熱中に関してはおもしろいエピソードがある。「ときのはな」という菊池寛の持ち馬がレースに出ると知った社員の渡辺順久が、社長の愛車クライスラーに同乗して目黒の競馬場に出掛け、1枚10円の馬券を3枚買ってレースを待った。その頃文春社員の固定給は40円だから、これは大いなる賭けである。ところがスタートと同時に「ときのはな」は反対方向へ走りだした。渡辺は逆上し、「ときのはな」を罵ったが、そのとき菊池寛がこう言い放った。

「キミ! ワタナベクン! アイテハチクショウダヨ!」(文藝春秋編『天才・菊池寛 逸話でつづる作家の素顔』文春学藝ライブラリー)

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source : 文藝春秋 2023年11月号

genre : エンタメ 社会 メディア 昭和史