『安倍晋三 回顧録』の臨場感
安倍晋三死して1年半、政治資金パーティー問題で自民党が追いつめられている。現在の岸田文雄首相のリーダーシップの欠如をみるにつけ、逆に人間安倍晋三そのものの存在感がきわめて大きいものだったことが分かる。
内閣支持率がときに大きく変化した安倍内閣は、そのときどきの安倍首相個人への評価が支持の変化と直結していた。今回の問題の中心は安倍派であって岸田首相とは言えないが、現内閣は支持率の低位安定からいっそうの低下へと至りつつある。もはやリーダーは脇役であって時代の顔ではなくなった。
ではあの「安倍一強」と長期安定政権を、時代の顔・安倍はどう作り上げたのだろうか。
その答えを解き明かしたのが、生前の安倍首相の姿と語りをそのまま再現した話題のベストセラー『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社、2023年)である。首相退任後3年目・没後1年目での発刊とは異例の早さである。今なお現役の諸外国の首脳たちを活写し、あからさまともいうべき人物評が盛り沢山だ。そして何よりも饒舌な語り口が延々続き、意思決定に至るプロセスが次々と語られる。元首相が過去を振り返るときにまま見られる“高み”から見下ろすような描写ではない。読者から見れば、まさに映画やドラマを見るように、その場その場で安倍首相の決定の瞬間に立ち会っているかのようである。
この『安倍晋三 回顧録』などから安倍の座談や発言を丁寧に拾い上げると、前後のどの首相、さらにいえば現在のどの政治家とも異なる安倍首相独特の資質が浮かび上がる。結論から言えば、それはゲーム、ネット配信のドラマシリーズ、スポーツ観戦などエンターテインメントをことのほか楽しみ、そのリズム感を政治に活かす力である。
いわば「エンタメ力」とでも言うべき力が、人間安倍にはあふれ出ていた。抜群のエンタメ力を政治に導き入れた宰相安倍――あの長期安定政権を生み出した駆動力は、そこにあったのではないだろうか。
リオデジャネイロ五輪の閉会式で、次期開催国の首相として安倍は、任天堂のゲームキャラクター・スーパーマリオに扮して登場した。その映像は、国葬の回想ビデオでも使われるほど、安倍政権の明るい側面を象徴するものだったが、若干照れているようでありながら、安倍首相は悦に入っているようでもあった。同じような姿を、その後の菅・岸田首相たちに想像することは到底できない。安倍ならではのエンタメ力の発露だったのである。
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