専門家である前に詩人であることだ
日本のリベラルは近年、新型コロナウイルスに感染して頓死した。
長年、大学でも国旗を掲揚してほしいといった要請にすら「学問の自由」を盾に抵抗してきたはずの学者たちは、あの時あっさりキャンパスを封鎖し、学生どうしの「集会の自由」さえ規制した。もはや彼らの存在意義は、なにが日本ではリベラルだと「勘違いされてきたか」のサンプルになることだけだろう。
よく聞く彼らの言い訳は、「専門家の指示に従っただけ」というものだ。法に基づかない政府の自粛要請に賛同しながら「補償もつけろと要求した。だから自分は反権力だ」と居直る者さえいる。
つまるところ彼らの心に「庶民」はおらず、したがってその世界には隣人も存在しない。専門家の設計に沿って歯車のように回り、油を注すごとく金さえ渡せば動き続ける存在としてしか、同じ社会に生きる同胞を見ない人々。それが、令和の「リベラル派」の実態だった。
そんな時に思い出す安部公房の「詩人の生涯」の初出は、1951年の10月。GHQによる占領の末期で、日本はまだ貧しかった。シュールレアリスムとプロレタリア文学を融合させた、著者ならではの前衛的な作風はいまなお新しい。
人間を機械のように扱う環境の中で、綿のように疲れ切った母親は、内職中の糸車に巻き込まれて本当に繊維になってしまう。彼女は織りあげられてジャケツ(ジャケット)にされ、優しい息子がそれを商品にしては困る気がすると訴える他には、誰も彼女を顧みはしない。
だがこうした心寒い世相の下で、踏みにじられた人々の「夢と魂と願望」は文字どおり凍りついて雪となり、街の機能を停止させる。ジャケツと化して生きる母親に温められて蘇生した息子は、雪の結晶のひとつひとつから、込められた思いを聞き出して書き取る詩人になる。
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