ハリウッド女優の“決断”から約10年。遺伝するがんにどう向き合うか
「人はなぜ、がんにかかるのか」
その理由については、がんを予防する方法も含めて、いまだハッキリとした答えは存在しない。
一例を挙げれば、喫煙は肺がんや膀胱がんの発症リスクを高めると言われているが、タバコを吸う人が必ず肺がんや膀胱がんにかかるわけではない。また、肺がんについては、喫煙人口が減少傾向にあるにもかかわらず、患者数が増え続けているという事実もある。
この点は、飲酒や食生活、肥満、化学物質やホルモン、紫外線や放射線など、発がんに関係するとされている環境因子全般にあてはまる。極端な例で言えば、過度な飲酒と乱れた食生活で肥満状態にあるヘビースモーカーといえども、必ずがんにかかるわけではなく、かつ、「逆もまた真なり」なのである。
他方、このような環境因子に由来するとされるがんとは異なり、発症の原因や将来の発症リスクが明確で、リスクに応じた有効な対策を講じることのできるがんが存在する。
がん全体のおよそ1割(がん種によって5%から15%)を占めるとされる「遺伝性のがん」だ。
がんと遺伝については、たとえば「がん家系」などの言葉とともに、昔からその関係性が注目されてきたが、先ほどの環境因子由来のがんと同じく、かつては明確な因果関係は不明とされていた。
そんな中、遺伝性がんの原因となる遺伝子は1980年代後半から同定され始め、90年代〜2000年代に入ると急速に解明が進んだ。これらの遺伝子の情報は、患者一人ひとりの遺伝的差異に基づく最適な治療を行う「個別化医療」を可能にし、2016年には原因遺伝子に対する遺伝学的検査が初めて保険適用されるに至ったのである。
実を言うと、遺伝性がんは私にとっても他人事ではない。
前述したように、今を去ること12年前、私は東京大学医学部附属病院でⅢa期大腸がん(S状結腸がん)の切除手術を受けたが、退院してすぐ、今度は私の父に末期の膀胱がんが見つかり、その年の暮れ、私は最愛の父を喪うことになった。また、数年前には私の兄にⅠ期の前立腺がんと肺がんが相次いで見つかり、兄は前立腺の全摘手術に続いて肺がんの切除手術を受けているのだ。
私の母はがんではなく老衰で他界したものの、少なくとも右のような家族歴は、私と兄を含めた血縁者に遺伝性がんのリスクがあることを示しているのではないか……。
このような切実な問題意識から、今回、私は遺伝性がん医療の現在地を探訪してみたいと考えた。遺伝性がんの診断、発症確率の予測、そして発症予防をめぐる医療の現在地とは、どのようなものなのか。
「がん家系」の疑問に応える
そこで私は、遺伝性がん研究の草分け的存在で、岡山大学病院(岡山県岡山市)の臨床遺伝子診療科長を務める平沢晃医師を訪ねた。
「遺伝性がんの診断は、採血した血液からその人が生来持っている遺伝的特徴(バリアント)を解析し、将来、どんながんにかかりやすいかを具体的に評価して発症の予防や個別化治療につなげていく医療です。私がこの診療に取り組み始めたのは、2000年代初め頃からです。当院の臨床遺伝子診療科長に就任したのは2018年のことですが、その後、同診療科内に遺伝外来を開設し、がんにかかっているか否かを問わず、広く遺伝性がんの相談に応じてきました」
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