司馬遼太郎『ひとびとの跫音』(上・下)

第6回

與那覇 潤 評論家
ニュース オピニオン 読書

信念を党派主義にしない生き方

 司馬遼太郎を保守でなく「リベラル」の教科書として挙げたら、本誌の読者は不審に思われるだろうか。

 しかし『ひとびとの跫音』は、これ以上ないリベラリズムの歴史書だ。特定の英雄を持ち上げる形では綴れない「ひとびと」の時代を、多様な主義や思想が共存するあり方を模索しつつ描き出す。

司馬遼太郎『ひとびとの跫音』(上・下)(中公文庫)計1504円(税込)

 1979年から連載された本作は、代表作『坂の上の雲』の後日譚にあたる。養子として正岡子規の家を継いだ、正岡忠三郎と司馬との親交が主軸をなす。

 忠三郎には文学者の素質があり、夭逝する天才詩人・富永太郎にも慕われた親友だった。しかし「子規の跡継ぎ」が、下手な創作で恥をかくことは避けたい。京都大学でも経済学部に進み、実直なサラリーマンとしての人生を選ぶ。

 本作のもう一人の主人公は、詩人のぬやま・ひろし。仙台の旧制二高で忠三郎と知りあい、こちらは中退して詩誌『驢馬』を中野重治らと興すうち、非合法の共産主義にのめり込んだ。政治家としては、本名の西沢隆二で知られる。

 敗戦後に釈放されるまでの12年間、獄中で非転向を貫いた西沢は当初英雄視され、新聞記者時代の司馬も、左翼学生から詩集『編笠』を熱く薦められたことがあった。だが後に本人と接し、党派主義とは無縁な人間性に惹かれてゆく。

 司馬の見るところ、西沢はマルクス主義の実践以上に「個人の解放」をめざしていた。長幼の序列はそれを妨げると考えた結果、姓抜きで名のみを呼びあう関係を理想とし、子や孫にまで自分を「タカジ」と呼ぶよう促した。さすがに司馬は、遠慮もあり無理だったらしいけれど。

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source : 文藝春秋 2024年7月号

genre : ニュース オピニオン 読書