都留重人 メイド・イン・USA

根井 雅弘 経済学者
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一橋大学学長、ハーバード大学客員教授などを歴任した経済学者・都留重人(1912〜2006)。戦後、第1回の「経済白書」を執筆したほか、公害問題、平和運動についても積極的に発言。孫弟子にあたる根井雅弘氏がその功績を評する。

 都留重人は、私の恩師(伊東光晴)の師匠筋に当たるが、私が会ったのはおそらく2回ほど、電話で話したのが1回だけの関係である。しかし、シュンペーター没後50年の年、『経済セミナー』(2000年2月号)の企画で、都留重人、伊東光晴、そして私の3人で鼎談したときのことは今でもはっきり覚えている。写真でよく見るように、蝶ネクタイ姿で現れた都留重人は、昼食が用意されていたにもかかわらず、「僕はお昼はビールかジントニックだけで、何も食べないんだ」と言って料理を口に運ぶことはほとんどなかった。鼎談の具体的内容は、シュンペーターの経済学の特徴や今日性について、それぞれの立場から語ったものだ。都留重人は、1930年代のハーバード大学でシュンペーターに直接学んだだけに熱がこもっていた。

都留重人 ©時事通信社

 都留重人の著作でよく読んだのは、『近代経済学の群像』や『現代経済学の群像』(現在はともに岩波現代文庫)のような著名な経済学者の生涯と学説を解説したものが多かった。まだ経済学に入門したての頃、これらの本を読んで、1930年代のハーバード大学黄金時代の話などを初めて知った。しかし、このような仕事は、都留重人にとっては「余技」のようなもので、「本領」は別のところにあった。人によって挙げる分野は違うかもしれないが、公害や環境問題を扱う政治経済学や、マルクス経済学の方法論、GNP概念への批判を通じた新たな福祉経済学の構想などを挙げればそれほど異論は出ないだろうと思う。

 京都大学大学院で伊東光晴を指導教授にしていた私は、戦後まもない頃からの都留重人の多方面にわたる活躍について何度も聞く機会があった。だが、日々、経済学の古典を原書で読み、資料解読に当たっていた若い頃の私は、「経済学は現実にどうこたえるべきか」という問題意識が強烈な都留゠伊東タイプの経済学にそのまますっと入っていけるだけの心の余裕がなかった。もともと、私は、菱山泉のケネー研究に惹かれて京都大学大学院に進学してきたので、都留重人が「経済学・学」と軽蔑的に語っていた古典研究にこそ関心があり、伊東光晴が語る政府の各種委員会での都留重人の活躍を聞いても、まるで「御伽話」を聞いているような気分になったものだ。ましてや、英語に堪能で、戦後GHQとの折衝に当たり、第1回目の経済白書の執筆責任者になったことなどは、はるか昔の「歴史」であった。

 だが、都留重人からの電話だったか、伊東光晴を通じての依頼だったか、正確には忘れたが、『環境と公害』(2000年4月号)という雑誌に、都留重人の学術書の書評を書いたことがある。そのとき、以前に読んだ都留重人の『マルクス』(講談社)や『制度派経済学の再検討』(岩波書店)などをひもときながら考えた。確かに都留重人の頭脳の中心にはマルクスがあるという意味で基本的にはマルクス主義者と言ってもよいが、周辺に制度経済学やピグーの外部不経済論やジョン・ラスキンのモラリスト的思想などを独特の方法でとり入れていることによって、日本の教条主義的なマルクス主義者とはずいぶん違ったイメージを読者に与えると。こうして私は、一言でいえば、都留重人については「モラル・エコノミー」の提唱者というイメージを持つようになった。最近、ラスキンやモリスなどが再評価されて、英米の新刊に類似のタイトルをよく見かけるようになったが、そのようなイメージとも重なり合っている。

 ところで、多くの読者と同じように、私も、都留重人の訳や監訳で英米の様々な立場の経済学の本を読んできたが、おそらく「翻訳」という作業を通じてふつうはマルクス主義者とは呼ばない人たちの思想や学説に触れる機会が多かったおかげで、都留重人の頭脳もそのたびにアップデートされていったのではないだろうか。

根井雅弘氏

 若い頃アメリカに留学し、英米の人脈をたくさんつくった経歴も都留重人の思想形成にはプラスに働いたと思う。優秀なお弟子さんたちとの「背広ゼミ」(社会人との勉強会)を続けたことも、世の中の動静に触れるには役だったに違いない。

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source : 文藝春秋 2024年8月号

genre : ライフ 経済 昭和史 ライフスタイル