田村隆一 70キロの散歩

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戦後の荒廃の中から現代詩の新たな地平を切り拓いた田村隆一(1923〜1998)は、私生活については多くを語らなかった。その最期を看取った妻・悦子さんが詩に全てを懸けた生涯を語る。

「詩に全てを注ぎ込んだから、ぼくという人間を知りたければ詩を読んでくれ」というのが、田村の口癖でした。ですから彼の人となりをお話しすることには憚りがありますが、あえてお伝えすることがあるとすれば、詩に向き合う真摯な態度でしょうか。

 田村は、仕事に厳しい人でした。頼まれた仕事は何でも引き受けましたし、締め切りは必ず守りました。早朝4時に起き出して机に向かうこともありましたし、40度の熱が出ている日でさえ、手を抜くことはありませんでした。

 別人のように寡黙になる日もありました。詩人というのは泉のように詩があふれ出てくるのかと思いきや、むしろ、その泉を探りあてようと、目を閉じてじっと考えていました。そんなときは作品を生む苦しみに大変なエネルギーを費やすのか、近寄りがたい空気を漂わせていました。

田村隆一 ©文藝春秋

「物はうるさい」というのも田村の口癖でした。物欲はないけれど、育ちのよさからなのか、安物は見抜いてしまう。

 華々しい文壇づきあいは苦手で、パーティーにも行きませんでした。その反対に散歩は好きでした。気の向くまま、遠くまで足を延ばすこともしばしば。鎌倉の自宅から私と一緒に散歩に出て、そのまま70キロ近く離れた熱海まで行って帰れなくなったこともあります。

 田村の生活スタイルはそのまま、彼の詩に通じていたと思います。ガイドブックも持たず、解説も必要としない。気持ちいいと感じるままに散歩道を進み、美味しいと感じるままに食べる。そんな風に田村は自然に世界を感じるところから詩を書いていたように思います。小難しい詩の評論を読むと、「勝手なこと言っちゃってさ」と閉口していました。

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source : 文藝春秋 2024年8月号

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