辻静雄(1933〜1993)は読売新聞大阪社会部の記者から転身して、昭和35(1960)年、辻調理師学校(現・辻調理師専門学校)を創設。フランス料理を中心に独自の研究を深め、数多くのシェフやパティシエを育てて、世界の食文化の発展に大きく寄与した。生まれながらに後継者と定められた長男の辻芳樹氏は、一風変わった“美食の英才教育”を受けた。
「探求心を常に抱き続けること」が、父の人間的な本質だったと思います。フランス料理は、レシピについては体系化されていたのですが、歴史や民俗学の観点から飲食の文化として体系化した人は、それまで世界にもいませんでした。父は世界中から2万冊以上の専門書を集め、750冊以上の著書を出版しました。それは「自分が知りたい。知ったことを記録として留めたい」という気持ちからだと思います。
そのために英語とフランス語ばかりか、ドイツ語、イタリア語まで独学でマスターしました。部屋ごとに各国語の辞書が大小2冊ずつ4セット。トイレにまで置かれていました。
父は、割烹料理学校の経営者の娘だった母と結婚して、新たに辻調を立ち上げました。新聞記者時代はカレーとラーメンばかり食べて好き嫌いが多く、青魚のアレルギーもあったのですが、何度も食べることで熱を出しながら克服したそうです。
僕は「贅沢を知りなさい」と言われて育ち、小学校4年生の誕生日は高麗橋の吉兆でした。我々は贅沢を売る商売だからと、徹底的に本物の味を追求する食べ方を教えられました。「味を知らなかったら、研究の方法も作り方もわからない。作り方がわかっても、味を知らなければ作れない」と教えられる一方で、「料理の技術を学ぶ必要はない。辻調の優秀な先生たちと競争したって仕方ない。先生を育てる方法を勉強しなさい」と言われました。
自分が後継者になると自覚した時期はわかりませんが、幼稚園の作文に「日本一の料理学校を作る」と書いています。10歳のときには、フランスの「ピラミッド」というレストランへ連れて行かれ、3週間ほど皿洗いとレモンの皮剥きをさせられました。厨房の内側を見せて、料理に興味をもたせるためでしょう。
「調理場だけで通じる知識で満足してはいけない」「料理界以外の人と付き合いなさい。最後は全部、繋がってくるから」。父が毎年の卒業式で学生たちに語った言葉ですが、家の中でも同じことを言われました。
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