島秀雄 D51から新幹線へ

小野田 滋 鉄道総合技術研究所アドバイザー
ライフ 昭和史 テクノロジー ライフスタイル

元日本国有鉄道技師長で、「東海道新幹線の生みの親」として知られる島秀雄(1901〜1998)。土木、建築、電気、通信、運転と新幹線に必要な要素技術を束ねる総責任者として、その任にあたった。島を取材した小野田滋氏は、鉄道の未来を見据えたその先見の明に驚かされたという。

 筆者は、新幹線開業30周年にあたる平成6(1994)年、勤務先が発行する鉄道技術専門の月刊誌に新幹線の歴史に関する記事を寄稿することとなり、「今さら」とは思ったが島さんに直接お話を聞くこととした。

 あれからちょうど30年が経った今、冷静に考えると、島技師長のもとで新幹線開発にあたっていた方々がまだ現役だった当時、なぜわざわざ島さんにお話を伺おうと思ったのか、記憶が定かではない。そもそも島さんとは全く面識やツテすらも無かったので、単に若気の至りで「この機会にぜひお会いしたい」と思いついただけなのかもしれない。ここではその際のエピソードを含めて、昭和の鉄道を輝かせた島秀雄さんについて紹介してみたい。

島秀雄 ©時事通信社

 島さんは、明治34(1901)年に大阪で生まれ、東京で育った。御尊父の島安次郎氏は、明治27(1894)年に帝国大学を卒業し、のちに鉄道院工作局長、技監として蒸気機関車の国産化などに貢献した技術者として知られる。島秀雄さんも大正14(1925)年に東京帝国大学工学部機械工学科を卒業して鉄道省に入省し、C53形、D51形などの蒸気機関車の設計に携わった。戦後は国鉄工作局長を経て理事となったが、一度退任の後、昭和30(1955)年に国鉄技師長に就任して、十河信二国鉄総裁のもとで東海道新幹線の実現にあたった。昭和44(1969)年には宇宙開発事業団の初代理事長となり、国産衛星の開発・実用化に取り組み、平成6年には鉄道分野の出身者として初めて文化勲章を受章した。

 平成6年のある日、筆者は浜松町の世界貿易センタービルにあった宇宙開発事業団の顧問室に島さんを訪ねた。関東大震災で遭遇した鎌倉の大津波の体験談に始まり、海外視察、電車列車の採用経緯、新幹線の設計コンセプトなど多岐に渡り貴重なお話を伺うことができた。

ホームにランカンを

 印刷されたばかりの掲載誌を携えて再訪したのは、文化勲章の親授式を目前に控えたある日のことであった。会話の中で、「将来の鉄道についてどのようにお考えですか?」という月並みな質問をしたところ、「ホームにランカンを設けてほしいな」という意外な答えが返ってきた。内心はリニアモーターカーや新幹線の話題を期待していたが、「ランカン(欄干)」という言葉があまりにも唐突だったので、何のことなのかしばし頭の中は混乱状態だった。

 島さんのお話によれば、昭和14(1939)年9月、慶大予科の学生だった島さんのいとこが、帰省先から東京へ戻る際に神戸駅の混雑するプラットホームから転落して死亡するという痛ましい事故が起きたのだという。鉄道技術者としてなす術がなかったことから大きなショックを受け、その後もこの記憶が脳裏から離れなかった。このため、ホームにランカンを設けて予防策とすべきというのが島さんの主張で、「これを読んでくれ」と渡されたのは『学士会会報』の第760号(1983年)に掲載された、島さんの「プラットホームにランカンを」と題した小論の抜き刷りであった。

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source : 文藝春秋 2024年8月号

genre : ライフ 昭和史 テクノロジー ライフスタイル