柴崎友香「あらゆることは今起こる」

佐久間 文子 文芸ジャーナリスト
エンタメ 読書 ライフスタイル

発達障害の作家が描くリアル

 医学書院の「ケアをひらく」シリーズは、著者とテーマの組み合わせと、これまでにない新鮮な切り口の妙で、すぐれた本を数多く世に送り出してきた。同シリーズとして出た45冊がすべて生きていて、版切れがないというのもすばらしい。

 従来の専門的な言葉では語りにくい領域を掘り下げるという意味で、『あらゆることは今起こる』は、このシリーズらしい一冊である。

 著者はコンスタントに作品を発表している作家で芥川賞も受賞しているが、3年前に発達障害の診断を受けたという。自分は発達障害ではないかと思って診断を受けるにいたる長い時間や、診断を受けてコンサータという薬を服用するようになってから起きた変化を、当事者のひとりとしてかたちにしていく。医学的に正解とされる答えに合わせようとするのではなく、体感したことや考えたことを、自分の言葉でつづっていく。

柴崎友香『あらゆることは今起こる』(医学書院)2200円(税込)

 著者はADHD(注意欠如多動症)で、ASD(自閉スペクトラム症)の傾向もあると診断されている。ADHDといっても多動ではなく、逆に「一日にできることがとても少ない」ことで困っていた。多動なのはむしろ頭の中で起きることのほうで、なにもしていないのに頭は激しく動いているから、めちゃくちゃ疲れてしまうし、ずっと眠い。

 脳内の多動を自認する人の意識の流れが克明に再現される。たとえば地下鉄を乗り間違えたとき、「次に停まる駅で引き返して乗り換える」「タクシーに乗る」などを考えるのはわかるが、タクシーが拾えず大幅に遅れた過去の場面が浮かび、ニューヨークで乗車拒否されてつらかったことや、乗せてくれたインド人の運転手さんありがとう! といったことにまで思いが広がっていく。その結果、「改札の前でぼーっと突っ立っている人」という、外からはうかがい知れない状況に陥っているのである。

 発達障害では「本人が困っているかどうかが問題である」と言われるが、どう困っているかを自分で把握するのはなかなか難しいらしい。他人と自分との感覚は違うし、世界を認識する方法も違うからだ。

 SFで描かれるような、「複数の時間や世界が並行して存在している」並行世界的な感覚を持っている、と著者はプロローグに書いている。『きょうのできごと』や『わたしがいなかった街で』などの小説と、自身の特性との関係も掘り下げて語られているのが興味深い。

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source : 文藝春秋 2024年10月号

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