村井理子「義父母の介護」

梯 久美子 ノンフィクション作家

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介護で生まれた義母とのシスターフッド

 翻訳家として多くの話題作、ベストセラーを手がける村井理子。エッセイストでもある彼女は、自身の病気(心臓弁膜症で死にかけた)や、家族の話(孤独死した兄の後始末)など、重いテーマを軽やかな筆致で描いてきた。読者を無駄にしんみりさせないのは、土壇場で状況を面白がる精神があるから。それを支えているのは、「書く人」の眼だ。これは、そんな村井さんが介護について書いた本である。

村井理子『義父母の介護』(新潮新書)924円(税込)

 村井さんは、会社員の夫、双子の息子たち、愛犬とともに琵琶湖のほとりに住んでいる。夫の両親の住まいからは車で30分ほどの距離だ。ホテルの総料理長をしていた義父は退職後に自宅を改装して和食料理店を開き、義母はそれを手伝いながら茶道を教えていた。

 しっかり者だった義母に変化が現われたのは76歳のときだった。家に遊びにきた義母が持ってきた数本の瓶ビール。その1本1本に、「不良」と書かれた紙が貼られていたのだ。その意味を義母は説明することなく、上機嫌でにこにこしている。

 何かがおかしい、と思う村井さん。それは認知症の始まりだった。この話は本書のプロローグに書かれているが、そこにはビール瓶の現物の写真が載っている。村井さんが当時撮影したものだという。彼女には、何かが起きる予感がしたら記録する習慣があるのだ。後日それを元にして原稿を書くためである。以後、現在に至るまでの義父母の介護の日々が、同時進行で綴られていく。

 結婚以来、何かと干渉してくる義父母とは極力距離を置くようにしてきた村井さんは、当初、介護はプロに任せようと思っていた。だが、否応なしに関わらざるを得ない局面が次々に現れる。事務処理を得意とし、行動力にも長けた彼女は、最善の道を模索せずにはいられない。

 義母はデイサービスに通うようになるが、義父はそれを阻止しようとする。理由は「行っても認知症が治らないから」。認知症は治らない、現状維持を目指すしかないと村井さんの夫が説得しても納得しない。義父は完璧だった頃の義母を求め、そうではなくなった彼女に腹を立てているのだ――そう気づいた村井さんは怒り、がぜん義母の味方になる。

〈義母の本来の姿が過去の完璧な主婦時代にあるとは私には到底思えない。彼女の本来の姿は、過去の多くを忘れてはいるものの、日々懸命に生きる、まさに今現在の義母のなかにある〉

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source : 文藝春秋 2024年10月号

genre : エンタメ 読書 ヘルス