2011年3月、ハン・ガン著『菜食主義者』邦訳版を書店に送り出す準備のさなか、東日本大震災が起こった。日本で韓国文学を広めるために立ち上げた出版社「クオン」。その第1弾として多くの労力を注いだ作品だった。
『菜食主義者』は、肉食を拒否した主人公ヨンヘが次第に木へと変わりゆく過程を描く連作小説だ。ヨンヘの夫、義兄、姉が話者となり、全3部の構成で物語が進む。
「私たちが生きながら肉を食べること自体、絶えずある種の暴力を行使することでもある。ヨンヘは菜食を選ぶことで暴力性を拒否し、潔癖でいようとした」。作者の言葉のように、ひ弱ながらも死に接近してまで暴力を拒む強靭な女性の姿が描かれている。
ハン・ガンの文章は詩的で繊細である。この文体を生かしてくれるだろうと、翻訳はきむ ふなさんにお願いした。きむ ふなさんは韓国で日本文学を専攻し、日本へ留学して以降は在日女性文学を研究した。1991年からは韓日作家シンポジウムの事務局も手伝っていた。
当時、ナナロク社で働いていた川口恵子さんには編集を依頼した。恵子さんは日芸文芸科の1年後輩で、在学中には日本軍「慰安婦」制度の犠牲者となったハルモニ(おばあさん)たちと交流を持つなどし、韓国の文化や情緒もよく理解していた。
ナナロク社には、デザイナーの寄藤文平さんと鈴木千佳子さんも紹介していただいた。このお二人との出会いは、韓国文学の魅力を日本に伝える上で欠かせない“最初のピース”だったと思う。事実、ハン・ガンは当時、日本で無名に近い作家だった。無名を有名にするのが私の仕事だったから、本のデザインはとりわけ重要な作業だった。
日本で韓国文学を専門に扱う出版社を始めると宣言した時、周囲には無謀だと止められた。そんな中、文平さんは「一緒にできてうれしい」と仰ってくださった。人生において大きな決心をした人には心配よりも応援が必要なのだ。
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