藤沢周平(1927〜1997)は、昭和46(1971)年に『溟(くら)い海』でオール讀物新人賞を受賞しデビュー。『たそがれ清兵衛』『蝉しぐれ』など数々の傑作時代小説を残した。元担当編集者の鈴木聞太氏がその素顔を語る。
原稿とりに伺った日、藤沢周平はしきりに弁明するのだった。夫人に言われて新しく革製のソファを据えたことを。また別の夏の日、クーラーを入れたときも、同様であった。来客用の言い訳をして――。
流行ぎらい、派手はきらい、贅沢がきらい、だが偏屈からではない。藤沢家の信条として有名になった「普通がいちばん」なのである。さきの会話も恥ずかしそうな声音である。
作家然としないのは家も日常生活の行動もすべて。なるべくペンネームではない無名の小菅留治でありたい、と同じ流儀の城山三郎との対談(「日本の美しい心」)で肝胆相照らしている。
「そうすると非常に自由な立場で行動できたり、考えたりできる。/小説家の一番いいところは、自由ということじゃないでしょうか」
そしていざペンネームになると、文学者にありがちな無頼とは対極な誠実かつ律儀。約束した原稿の締切りに遅れることはない。しかもこれが一番の肝要だが、250篇に及ぶ小説に、一篇の駄作もないのだから、「作家がみんな藤沢さんだったら、こんな楽なことはない」と編集者同士言い合っていたものだ。
藤沢周平の人生は、だが平坦ではなかった。山形師範卒業後、中学教師になるものの結核に罹り、6年余の闘病。退院後に復職を願うも拒まれる。結核は藤沢周平を生み、すばらしい教育者を失ったのである。
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